二人でお酒を飲みたいね。
 全てを終わった時、俺はこれまでの空白を一気に埋め尽くしたような気がした。 そうだ、3年間、女性と絡むことなど一度も無かったのだ。
汗だくになったままの尚子はまだ裸のまま寝入っている。 不思議なくらいに満たされている俺には罪悪感すら無かった。
(飲みに行って初めて抱かれたのが俺だったのか。 果たして尚子はそれで満足してくれるだろうか?)
火遊びと言ってしまえばそれまでだが、、、。
 次の日、尚子はそんなことはお構いなしにケロッとしていた。 「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」 「高木さん、私を抱いてくれてたんですね? なんか嬉しかったわ。」
「嬉しかった?」 「そうですよ。 密かに思ってた人にこうして抱かれてたんですから。」
「密かに思ってた?」 「言ったでしょう? 高木さんでもいいかなって。」
「あ、ああ。」 「私ね、酔ってはいたけど抱かれている時、感じてたんです。 高木さんの愛を。」
「ええ?」 「ワイシャツを脱がしながらずっと気遣ってくれてたでしょう? 嫌な思いをしないようにって。」
「そりゃさあ、何も言わずにやっちゃったんだから、、、。」 「襲われたかったの。」
「そんなに?」 「うん。 レイプされてもいいなって思ってました。」
「レイプなんてそんな、、、。」 「でもね、不思議なんです。 若い頃はお互いに納得してからって思ってたんですけど、この年になると誰でもいいから襲ってくれって、、、。」
「そんなもんなのかなあ?」 「女ってね、変わるんです。 誰でもいいから壊してって変な欲求を持ったりしてね。」
 昨日までの尚子とは何かが変わってきたように思えるのはなぜだろう? 気のせいかもしれないが、、、。
 「今日は体調を崩したことにして休みます。 体も落ち着いてないから。」 「ごめんね。 激しくしちゃって、、、。」
「いいんですよ。 初めてだったから慣れてないだけ。」 尚子はそう言うとスマホを取った。
 俺はいつものように食事をして準備をしてから部屋を出る。 尚子は俺が帰ってくるまで部屋に居ると言っていた。

 会社に入るといつものようにパソコンに向かって仕事を始める。 朝風呂なんて何年ぶりだっただろう?
朝からすっきりした顔で働いてるものだから同室の人たちはヒソヒソと話している。
気にも留めず、メールを確認しては部署へ転送する。 意味不明なメールはゴミ箱へ、、、。
一息ついたらまたパソコンと睨めっこだ。 ぼんやりしていると尚子のことを思い出すからね。
(俺は遊び人じゃないぞ。 尚子とやったのは酔った弾みのことだ。) そう言い聞かせながら昼になった。
 昼になりいつものラーメン屋へ、、、。 今日もラーメン屋は賑わっている。
(尚子はどうしているだろう?) ラーメンを啜りながら考えているのは尚子のこと。
(初めてだったんだな。 あれだけいい女でもそんなことが有るのか? 康子だってそうだった。 あいつも俺が初めてだって言ってたよな。)
丸一に飲みに行った帰りに抱かれるなんて尚子も想像してはいなかっただろう。 俺だってそうなるとは思わなかった。
でも服を脱がしてあいつの体を見た時、無性に抱きたい衝動にかられたんだ。 俺はまだまだ女を求めていた。
じゃあなぜ康子と別れたんだ? 飽きたからなのか?
いや、そんなことは無いはずだ。 俺は康子を愛している。
もちろん、今だって、、、。
 様々な思いが駆け巡っては消えていく。 なのに、、、。
席を立ってレジへ向かうと涼子が居た。 「いつもいつもありがとうございます。 またお越しくださいね。」
明るくレシートをくれる。 俺は何となく沈んでいるのに、、、。
 社へ戻ってくる。 そういえば昨日は尚子と二人でラーメンを啜ったんだ。 どっか寂しいな。
 その頃、尚子は俺の部屋でテレビを見ながらぼんやりしていた。 (昨日は激しかったなあ。 高木さん やっぱり寂しかったのね? 奥さんと別れて何年も一人で居るんだもん。 しょうがないか。)
冷蔵庫を開けて昼食を作る。 たまには作ってあげようかな。
結婚してなくても仲良く暮らせたらいいな。
でも康子さんが居るのよね? 出しゃばることは出来ないわ。
 今、尚子は夢を見ていた。 初めて抱かれた男と暮らす夢を、、、。
それが叶うかどうかは分からない。 でも見ているだけでいいかも。
 洗濯機を覗いてみる。 洗っていない洗濯ものがたくさん入っている。
洗剤を放り込んで洗濯を始める。 勝手なことだとは思いながら尚子は主婦になったような気がして嬉しかった。
部屋を見回すとゴミも落ちている。 彼女はいつか掃除に没頭していた。

 俺はと言うと相変わらずメールを見ながらあれやこれやと忙しなく動いている。 同室の桜井啓介がお茶を飲んでいる。
「よしよし。 これでいい。」 何とかメールの整理が終わると俺は背伸びをした。 「高木さん、嫁さんは居ないの?」
啓介がいきなり聞いてくるものだから俺はこけそうになった。 「どうしたんだ?」
「いや、ただ聞いてみたかっただけだよ。」 「そうか。 居ないよ。」
「結婚しないの?」 「別れたんだ。」
「別れたって?」 「そうだよ。 もう3年も一人で居る。」
「そうなのか。」 啓介は何を考えているんだろう?
気にはなるが最後の仕事を片付けなければ、、、。
 今日は開発部へのクレームと注文がたくさん来ている。 これを渡してしまえば仕事は終わりだ。 またまた背伸びをして部屋を出る。
カスタマーセンターに移って2年。 誰も居なかったなあ。
付き合いたいって思うような女も居なかった。 だから尚子がなおさら新鮮に思えたんだ。
喘いでいる姿を見ていたら康子のことを思い出してしまった。 でもあいつと戻ることは無いだろう。
何だか複雑な思いを抱えて俺は社を出た。
 いつものように部屋へ向かう。 まだまだ尚子が居るはずだ。
心なしか足取りが軽く感じる。 (今夜は何をしようかな、、、?)
もちろん、尚子は部屋へ帰すつもりだ。 何日も泊める予定はない。
でも尚子に会ってみないとそれは分からない。 あいつも一人で居たんだからね。
中年の寂しさは骨身にこたえるくらいに俺も分かっているから。
 「ただいま。」 玄関は開いていた。 「お帰りなさい!」
奥から尚子が飛び出してきた。 「どうしたんだ?」
「なんかねえ、掃除してたら奥さんになった気がしちゃって、、、。」 「主婦ごっこか。」
「いけなかった?」 「ぜんぜんだよ。 尚子さんだってやりたかったんだろう?」
「そうねえ。 優しい旦那様が居たら尽くしたいわ。」 「可愛い人だね。」
「でしょう? 時々来てもいい? 抱いてもいいから。」 「おいおい、抱いてもってのはどうなのかね?」
「いいじゃない。 寂しい女の夢を見させてよ。」 「寂しい女の夢?」
「そうよ。 高木さんだけなのよ。 夢を見させてくれたのは。」 「分かった分かった。」
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