彼に潜む影
「それが……ついさっき、正木商事の営業担当者宛てに『現在の契約期限が終了次第、取引を停止する』という旨のメールが当社から届いたそうです。そのことで、正木商事の社長が具体的な説明を求められているのですが、東郷社長が全く取り合ってくださらないんです……」
後輩秘書の話を聞いて愛佳がふと思い浮かべたのは、今も病院で眠っている鷹治のことだった。
ちょうど半年ほど前、鷹治が経営状況が下降気味の正木商事との取引を見直すべきだと基治に提案したことがあった。
なんだかんだと、最終的には鷹治に押し切られてしまうことの多い基治だったが、亡き父の友人である正木商事との関係を切ることだけは断固として認めなかった。その後、正木商事との契約を切る話はなくなったはずなのに。どうして今になって……。基治の考えが、愛佳にはわからなかった。
「正木商事の社長とは一度私が話をするから、繋いでくれる?」
愛佳は後輩秘書に電話を繋いでもらうと、今までにないくらいに怒っている正木商事の社長に丁重に謝罪した。基治に事実確認をとってから改めて連絡することを伝えて電話を切ったあと、愛佳が向かったのは社長室だった。
事故後に仕事に復帰してからの基治は、少しおかしい。大きく変化があったわけではないが、どこかが少しずつ以前までの基治とは違う気がする。
小さな違和感を感じる度に気のせいだと思うようにしていた愛佳だったが、日々積もり積もっていくそれは気付けば無視できないほどの大きな違和感に変わってしまっていた。