彼に潜む影

「どうぞ、愛佳。入っておいで」

基治が愛佳を社長室の中へと招き入れる。一見、柔らかく微笑んでいるようにも思える基治の黒の瞳が、いつもより鋭くぎらついている。

鋭くて、(さと)くて、どこか人を見下すような、そんな()だ。

基治さんは、こんな瞳《め》をしない。

それは、ずっと基治のそばにいた愛佳だからこそわかることだった。

こんな()で私のことを見るのは——。

でも、そんなことがありうるだろうか。

「あなたは、誰ですか?」

疑念の混じった声で問いかけながら、愛佳は恋人の容姿をして社長室にいる男を見つめて目を細めた。

「誰って。俺は君の上司で、恋人だよ」

基治の口調を装って話す男が、愛佳に優しげに微笑みかけてくる。男のスーツには皺が寄りネクタイは緩んでいて、それを見れば、彼がつい今しがた社長室から飛び出していった森野と何をしていたのか、愛佳にもあらかた予想がついた。

もし目の前の男が本当に基治なのであれば、愛佳の前で衣服を乱したまま平然とした表情を浮かべているはずがない。愛佳が知る限り、基治は恋人を裏切るような男でもないし、弟の恋人かもしれない女性(ひと)に手を出したりもしない。
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