彼に潜む影

「どうしたの、愛佳。そんなところで怖い顔して。早く中に入っておいで」

笑顔で手招きする基治の態度は、愛佳がよく知っている恋人のそれと代わりなかった。

個室のドアを開けたときに一瞬だけ感じた違和感は、愛佳の気のせいだったのかもしれない。

ドアを閉めてベッドのそばに歩み寄ると、基治が愛佳の手首を引っ張った。基治の手が愛佳の腰に回され、ベッドに座る彼にきつく抱き寄せられる。

「愛佳、会いたかった」

愛佳の耳元に唇を寄せた基治が、熱い吐息を吐きながら切なげに囁く。基治の胸の中で彼の香りをたっぷりと吸い込んだときに初めて、愛佳はこの一週間ずっと張りつめていた肩の力が抜けていくような気がした。

「私もです。あなたが目覚めるまでずっと、生きた心地がしませんでした」

「ごめんね、心配かけて」

「もう、二度と私をひとりきりにしないでください」

「わかってる」

泣きそうな声を出す愛佳を宥めるように、基治が彼女の額に優しく口付ける。
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