彼に潜む影


基治の退院の日。愛佳が基治を迎えに行くと、病室に彼の姿がなかった。ベッドのシーツは綺麗に整えられていて、そこに基治の形跡はない。

焦った愛佳が病室を飛び出すと、基治の入院中に顔見知りになった看護師とぶつかりかけた。

「すみません」

「あぁ、東郷さんの。退院おめでとうございます」

「ありがとうございます。あの、彼は……」

「東郷さんでしたら、荷物を持って弟さんの病室に行かれましたよ」

「そうでしたか」

基治の居場所がわかってほっとする。

「東郷さんも、ご心配でしょうね。弟さんのこと」

「そうですね……」 

「お大事になさってください」

「ありがとうございます」

愛佳は世話になった看護師に頭を下げると、事故の後から未だ眠ったままでいる基治の弟ーー、鷹治の病室へと急いだ。
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