彼に潜む影

愛佳がドアが開けっ放しになっている病室のドアを覗くと、基治は窓際のベッドで眠る鷹治の顔をじっと見下ろしていた。

無表情で弟の顔を見つめる基治の()がいつになく冷たく感じられて、声をかけるのを躊躇う。

一度この場から退いて改めようか。愛佳がそう思ったとき、基治が点滴に繋がれた鷹治の腕に手を伸ばした。彼の行動に、何故か愛佳の胸が騒ぐ。

「基治さん」

思わず声をかけると、鷹治の腕をそっと撫でるように触った基治が愛佳を振り返った。

「あぁ、愛佳。迎えに来てくれる約束だったよね。何も言わずに病室を出てごめん。探してくれた?」

「いえ。看護師さんが、ここにいると教えてくれたので」

「それなら、よかった」

僅かに首を傾げて愛佳に笑いかけてきた基治の()は、いつもの彼らしく優しく穏やかで。そこに、冷たい光など宿ってはいなかった。

愛佳は小さく息を漏らすと、病室に足を踏み入れて、鷹治のベッドの脇に立つ恋人の手をそっと握った。
< 7 / 24 >

この作品をシェア

pagetop