彼に潜む影
愛佳がドアが開けっ放しになっている病室のドアを覗くと、基治は窓際のベッドで眠る鷹治の顔をじっと見下ろしていた。
無表情で弟の顔を見つめる基治の瞳がいつになく冷たく感じられて、声をかけるのを躊躇う。
一度この場から退いて改めようか。愛佳がそう思ったとき、基治が点滴に繋がれた鷹治の腕に手を伸ばした。彼の行動に、何故か愛佳の胸が騒ぐ。
「基治さん」
思わず声をかけると、鷹治の腕をそっと撫でるように触った基治が愛佳を振り返った。
「あぁ、愛佳。迎えに来てくれる約束だったよね。何も言わずに病室を出てごめん。探してくれた?」
「いえ。看護師さんが、ここにいると教えてくれたので」
「それなら、よかった」
僅かに首を傾げて愛佳に笑いかけてきた基治の瞳は、いつもの彼らしく優しく穏やかで。そこに、冷たい光など宿ってはいなかった。
愛佳は小さく息を漏らすと、病室に足を踏み入れて、鷹治のベッドの脇に立つ恋人の手をそっと握った。