彼に潜む影
父親を既に亡くしている基治にとって、弟の鷹治は母親と並ぶ大切な肉親だ。
父親が病気で亡くなった後に、東郷グループの代表取締役社長となったのは長男の基治だが、弟の鷹治も副社長としてグループの経営を支えていた。そんな弟が、一緒に事故に遭ってひとりだけまだ目を覚まさず、その理由も不明なのだから、基治の胸中の苦しさは愛佳には計り知れない。
「鷹治さんのこと、心配ですね」
愛佳が綺麗な顔をして眠っている鷹治を見つめて呟くと、基治が少し意外そうに首を傾げた。
「愛佳がそんなふうに言ってくれるは思わなかった」
「どうしてですか?」
「だって、君は鷹治のことを苦手に思っていたでしょ」
基治の指摘に、愛佳は一瞬ドキリとしてしまった。
穏やかでやや鈍感にも思える基治が、そのことに気付いていたとは意外だった。
「あれ? 違った?」
愛佳が黙っていると、基治が首を傾げてふわりと笑う。緩く引き上げられた口角や軽く細められた目が、基治の笑顔を柔らかく優し気に見せているのに、瞳孔の奥が愛佳を突き刺すように鋭く光っているような気がして。少し怖い。