溶けた恋

17

海に行こうなんて思いついたものの、季節はすでに冬。

クリスマスを狙うのが王道な気もするが、そこまで待ちきれない、というか、クリスマスを狙うなんてベタ過ぎて梓馬のプライドが許さなかった。

海水浴で冬子の水着姿にありつけるわけでもなく、冬の海にあまりメリットは無いように思えるが、、それでも何故か「冬子と海に行きたい」という気持ちは変わらなかった。

「梓馬さん、期末テスト、めっっちゃ上がったよ〜〜!ありがとう…!梓馬さん、大好き♡」

なんと冬子の成績は、最下位から中間位まで挽回できていたのだ。

今までは智子に言われて嫌嫌取り組んでいた勉強だったが、トー横に来て自主的に勉強したほうがはかどるし、興味も持てた。

梓馬の教え方も上手く、今では数学を「面白い」と感じるほどだった。

梓馬の手を取り、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ冬子を見て、梓馬はぎゅっと胸が締め付けられる。

「冬子…、海に行こう。」

「へ?」
ぼそぼそ話す梓馬の声が聞き取れず、冬子は聞き返した。


「オレと一緒に海を見に行かないか!?」

「うみ!?今??」

「そう!熱海か、伊豆とか…!江の島あたりでもいいけん、冬子と海が見たい。」

梓馬は、珍しく真剣になって冬子に伝えた。

「もちろん、いいよ?私が梓馬さんの話、断わったことある??」

冬子はニコりと微笑み、応えた。

…新大久保では即答で断られたんですけど。。
なんて思いながら、梓馬はガッツポーズをした。




翌週、2人は江の島に向かった。

気温は低いが天気はすこぶる良く、波打つごとに水面がキラキラと宝石のように反射している。

12月だというのにまだまだサーフスーツを着て海に入っている人も結構いたり、真っ黒なおじさんが上半身裸で日焼けしに来ていたり、パパやママと同年代の大人達が酒を飲んで談笑したり…、トー横とはまた異なる自由な空間に、冬子は心が踊った。

「梓馬さん、海入ろう!」

冬子は靴をコンクリートに脱ぎ捨て、勝手に裸足で海まで走っていってしまった。

「キャー、冷たい!!!無理!」

冬の海に入ってはしゃぐ冬子を見て、梓馬も負けじと海靴を脱ぎ捨てる。
「うぉー、、つ、つめたい!!冬子、助けてぇ!」


と言いながら、思い切り冬子めがけて海水を浴びせた。

「つ…つめた!酷い!!ちょっと梓馬さん辞めてよ!」

お気に入りの服や髪が海水でベトベトになり、若干キレ気味で梓馬を睨みつけた冬子は、

「おかえし!!!」といって、容赦なく梓馬に海水をかけまくった。

やはりまだまだガキやな。。

海水なんて浴びても全く気にならない梓馬は、冬子を鼻で笑った瞬間、大きな波がこちらまで押し寄せ、ふたりとも下半身全て水浸しになってしまった。

大自然の力には敵わないなと言わんばかりに、2人は苦笑いで顔を見合わせた。


「海、キレイだね〜。冬の海って初めて来たけど人も多いし楽しい!梓馬さん、ありがとー!」

ずぶ濡れになった服を乾かすため、2人は砂浜から離れ、海岸に腰掛けた。

「どうしても冬子と海を見たくなってな、、付き合ってくれてありがとう。」

梓馬は、普通にありがとう等と言われて拍子抜けしている冬子の頭を引き寄せて2人は寄り添い合った。



「あのさ、オレ実は、、

来月からタイに行くけん、ちょっと会えなくなるけど、冬子のことは忘れないから。」


は?


何だって?


あまりの衝撃に言葉を失う冬子に、梓馬は続けた。

「動画の企画でさ、ホスト企画で金も稼げたし再生数も伸びたし、今ちょうど波に乗れてるけん。皆で話し合った結果、もっとデカいことしようと思って。」

「冬子、オマエも成績上がってるんだし、ほんとは賢いんだからちゃんと勉強して何か目指せば?」

「嫌だ、、梓馬さんと離れるなんて考えられないよ…。どのくらい戻ってこないの?」

「まだ分からないけど、とりあえず2ヶ月位は居ると思う。」

「やだよ…」

梓馬の口ぶりから、それは既に決定事項で、冬子の一存ではどうにもならない事を理解できるから、冬子はただ下を向くしかできなかった。
反論も出来なかった。


下を向いて拗ねる冬子をぎゅっと抱きしめ、梓馬は「ゴメンな…」とだけ言って、それ以降は何も話さなかった。

さっきまでは綺麗に見えた海も、波音も、楽しげに笑う人々も、全て空虚で、つまらないものに見えた。



「服も濡れたしシャワーでも浴びよう」なんて入ったホテルでも全然緊張しないのは、先ほどの衝撃が大きすぎたからだ。

何から喋ったらいいのか分からない。
一体なんて言えば、梓馬さんは私の元から離れないでいてくれるの?

冬子はシャワーを浴びながらそれだけを考えていた。


梓馬さんが居ないと、私は、一人ぼっちだよ。。

涙が止まらなくなった冬子は、目を真っ赤にして浴室から出てきた。

「冬子、、」

そんな冬子の姿を見て言葉を失った梓馬の隣に、冬子は力なく横たわった。

「梓馬さん、こっちきて。」



冬子は梓馬の腕を引っ張り、こちらに抱き寄せると、強引にキスをした。

「絶対に、私のこと、忘れないでね。」


冬子は梓馬の耳元でささやく。

「冬子も、オレのこと忘れないで。絶対に企画成功させて帰ってくるけん、、。冬子、大好きだよ。」

梓馬の熱い吐息が、冬子の唇から首元に通る度に、冬子は胸が苦しくなった。

梓馬の体温に触れて、今までで1番鼓動を感じながら、梓馬の事が世界で1番好きになった。

今だけでもいいから、梓馬さん、、私と同じ気持ちになってくれてる?

それだけで何もいらない。
十分、幸せだよ。


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