溶けた恋

3

昼下がりの土曜日。

美月は部活、父、仁志は趣味仲間との集まりで家には冬子と智子の2人だけだった。

「今日はしっかり集中してお勉強できるね！」
智子は笑顔で冬子の予定を決定する。

再試験に向けて連日机に向かう冬子には疲労が蓄積し、集中力も悪くなっていた。
智子の目を盗んでは、推しのライブ動画ばかり見てしまい、勉強内容はほとんど頭に入ってこなかった。

やがて瞼が重くなり、少しずつ記憶が曖昧になっていく中で、冬子は頬に冷たい一筋の圧を感じ、我に返った。

目の前には、智子の大きく見開いた目と、智子の手から繋がるナイフが冬子の頬にまで達している光景が広がり、やがて心臓が破裂するかと思う位に冬子の鼓動は波を打った。

「…ママ、何するの？やめて。ごめんなさい…」

冬子は、か細い声を振り絞り母親に懇願すると、智子は冷静な様子で答える。

「まさか、本当に刺すわけないでしょ？冬子はママの大切な宝物だよ？でもね、冬子のお勉強に取り組む姿勢があまりにも悪すぎて。。ママ、冬子の為を思ってやってるの。
こうしてれば、眠くならないし、集中できると思って。」


「今の時代、いくら女の子でもお勉強しないと、将来はロクでもないお仕事にしかありつけないの。底学歴な人の人生はね、結局それ相応の出会いしかないし、それ相応の結婚しか出来なくて、それ相応の人生を歩むんだよ？ママのお友達でもそーいう人居るけど、、下品だし、凄く惨めで可哀想だもん。
」

「将来はグローバルに活躍できる、格好いい女性になって、素敵な男性をゲットして、ふゆには幸せになってほしいのよ。いつか絶対に、分かる時がくるよ。ママに感謝するときが、絶対に来る。

ママの事は気にしないでいいから
、早くそのページ終わらせてね」


将来のためって、、意味が分からない。
結局は自分のコンプレックスを私で埋めようとしてるんでしょ。
それでナイフで脅しとか、、。
ほんとバカだなぁ。

ママは私のこと「宝物」なんて言うけど、私が意志を持つことは許さないよね。
つまりはそれ、嘘だよね…？綺麗事だよね……？


ナイフに脅されながらがむしゃらにテキストと対峙し、挑んだ再試験結果は、全教科合格だった。

「冬子、凄いね!一緒に頑張ったからだよ〜!」
満面の笑みで冬子を労う母親に対し、もはや愛情なんて感じられなかった。
そして、今回の方法に効果があると悟った智子は、事あるごとにナイフを持ち出し、冬子の隣で彼女へ刃を向けながら勉強させた。

もちろん、本当に刺したことなど無い。
ただ他の家族が留守の日を狙い、毎度のごとく、冬子の隣で刃を向け続けた。
クソまずいハーブティーと共に、智子は冬子の部屋へ押し入り、苦味と狂気によって冬子の心を支配し、蝕んだ。