溶けた恋

31

「ただいま〜!お姉ちゃん、帰ってるの??」

塾から帰り、勢い良くリビングに入ってきた美月は、母親が泣き崩れ、割れた花瓶の惨状を見て、何となく状況を把握した。
しかし、テーブルの上に無造作に置かれた写真が視界に入った途端、そんな惨状以上に、写真に目が釘付けになった。

「……え?  まってこれ、エイトビートの梓馬じゃん?ちょっとなになに?お姉ちゃんーー!」

どうやら美月は、エイトビートを知ってるらしい。むしろファン?

「お帰り美月、、今日は早いんだね。冬子の彼氏だって。知ってるの…?」


涙と鼻水だらけの智子が、自分の惨状には触れず、淡々と尋ねた。


「ママ……大丈夫?いやいやいや、え?梓馬がお姉ちゃんの彼氏なの?嘘だよね?えーーーー!

エイトビートは美月が大好きなYou Tubeのグループだよ♡学校でもみんな見てるよー!」

「ヤクザじゃないの…?」

「へ…?ヤクザって(笑)そんなのは知らないよ。お姉ちゃんの方が詳しいんじゃない?」美月はニヤリと笑い、冬子を見つめた。


「えぇと、、別に付き合ってるとかじゃなくて、私と梓馬さんは、もう少し違った関係というか…」

「え、じゃあ遊ばれてるってこと?でもこの写真、…昨日のだよね?タイから会いに来たんでしょ?はるばるお姉ちゃんに会いに。。遊びの関係ではなくね?」

随分大人な事を言い放つ美月に、智子と冬子は意表を突かれる。


美月は母親の涙の理由など忘れ、姉が推しグループと恋仲であった事に夢中になった。

エイトビートがどんな人たちなのか?を母親に説明するために動画を見せることにした。

リビングのソファーで、3人で並んでテレビの大画面でサムネイルから動画を選ぶ。

梓馬と冬子の写真、調査報告書などの上に無造作にお菓子を広げ、美月と冬子は少しでもマトモな動画を選りすぐるために熟考した。

「この動画はママが見たら失神するからやめよ。」
「これも多分無理」
「これは…、まぁ、いけるかなぁぁ」


何だかトー横広場でリンネと2人で丸まって、エイトビートの動画を探したのを思い出した。

母親に見せれる内容の動画を美月と探し当てた。

「○○(友達のユーチューバー)の家に新居祝いを持って遊びに行ってみた」という内容だ。

これならいけるよね?と美月と頷き、再生ボタンを押した。

初っ端からハイテンションの梓馬と大地が、怪しげな箱(新居祝い)を持って、玄関の前で怒鳴り込んでいる。。


「何この人たち…新居祝いに来たんじゃないの?」

智子は無表情で少々顔を引きつらせながら、動画を眺める。

これ、親に見せられない系…?
冬子と美月は不安が込み上げてきた。

箱の中身はなんと、生きたゴキブリで、新居に放ってちゃんと回収したチームが勝ちで、回収出来なかったら負けで、回収した全てのゴキブリを唐揚げにして…。


途中で辞めようと思いストップボタンを押そうとしたら、何と智子が止めてきた。


「気になるし、最後まで見ようか?」



その晩、パパは大阪出張のため帰ってこなかった。
智子は割った花瓶を片付けながら、こぼした。


「ママ、離婚しようかな、、、」

冬子と美月は目を丸くして顔を見合わせた。

「え?いきなりどうしたのママ?ママが一人で美月達を養っていけるわけないじゃん!」

ひょっとしたら、美月は想像以上に現実を理解しているのかもしれない。


「ふたりとも、聞いて?パパね、他に彼女がいるの。今日も、きっと彼女に会ってるんだと思う。

ママはずっと何も言ってないけど、結構前から知ってたんだよ。あなた達の為に、何も言わないでずっと耐えてたの。

でももう、こんなに大きくなったあなた達を見たら、もう、我慢しなくても良いんじゃないかって思えてきた…。」

「ううん、ママ、私達の住む家は?学校は?美月はちゃんと志望校に合格して、女子アナになってプロ野球選手と結婚するっていう夢があるの。
離婚して母子家庭になんかなられたら、美月の人生がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん…。」


「美月、、野球選手なんてモテるんだから、浮気なんかされたら大変だから辞めな?もっと堅いお仕事の…」

「ちょっと待ってママ、話が逸れてる、逸れてる。あのね、ママ。

実は、私も知ってたよ。」

話が逸れることに慣れていた冬子は、スマートに話を是正し、父親の誤爆ラインの件を打ち明けた。


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