溶けた恋

6

せつなの働く店「liberta」。気が利き優しく、歌舞伎町の知識と経験が豊富なトー横出身のせつなは、店では内勤のようなポジションであった。
お客の相手はするが、主にヘルプ担当。営業方針も「友営」で、不要な恨みや争い事にはあまり縁のない平和なスタイル。
トー横で数々の「ホスト×姫」の修羅場を目の当たりにしてきたせつなにとってホストとは、危険な職業である事はわかりきっていたので、19歳という若さであっても保守的かつ堅実的に仕事に努めた。
病んで感情的になった姫をなだめるのに才能を発揮し、お客はそこまで持っていないものの、店では重宝されていた。

「リンネ、ありがとー!トーコちゃんもありがとう!こんな感じでガラガラだからさ、この前のお礼も兼ねてゆっくりしてってよ。」

ホストクラブは、もちろん初めての冬子。大音量のBGMとスタイリッシュで綺羅びやかな内装、そして沢山のイケメン達の嬉しそうなお出迎えに、まさしく自分が「姫」である事を自覚した。

「っらっしゃいませぇ!!!!!」

朔夜似のイケメンと一瞬目が合った。(え?さ、朔夜??)

冬子は一瞬困惑した。細身で黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳が冬子に向かって微笑んだ瞬間、既に缶チューハイを一本あけている冬子の脳内に「陽炎の朔夜」として侵入してきた。

席に通されると、朔夜とはまた別ジャンルのイケメンが、冬子と親しくなりたそうな感じで色々話してきた。
冬子の通っていた進学校ではこんな男子は居ない。皆自分の成績を上げる事に必死で、社交的にはしてくれるが結局みんな敵。


さらに、成績が右肩下がりになってからは、どこか馬鹿にされたような扱いばかり受けてきた。

男子も女子も家庭も、近所のコンビニさえも、冬子には安堵できる場所が1つもなかった。皆、条件付きのコミュニケーションでしか向き合ってくれず、冬子の本当の気持ちに向き合い、受けとめてくれる人なんていなかった。
もちろん冬子もそれを理解していたので、誰にも自分の本心なんて話さず、皆の話す内容に準じながら、空虚な道をひたすら歩き続けていた。

もはや、それが「人生の道」として積み重なっているのかも良くわからないまま。


「トーコちゃん、その青い髪可愛いね!」「何それ、めっちゃおもろい!」「オレこの前職質くらってさぁ!」

無条件で冬子の全てを肯定してくれ、かつ自分の悪い部分もあけっぴろげにさらけ出してくれるホスト達の寛容さに、冬子はたちまち夢中になった。夢中になって笑い、自分をさらけ出した。

酒がまわり、トークも軽快になってきた頃、朔夜似のホストが席についた。
「初めまして!リュウキで…」
「さ、朔夜たん!!」

酒が回っていることもあいまって、もはや推しにしか見えないホストを目の前に、冬子の気持ちは最高潮に達した。
「確かに似てる〜!トーコ、良かったね!」
「リンネどーしよ!顔見てはなせないっっ…!」
リンネの左腕に顔を埋める冬子に対し、朔夜改めリュウキは、「照れてる?可愛いー!」
と、冬子の顔を覗き込む。

それだけで鼻血が出そうになったが、追い打ちをかけるように左頬を細い指でつつかれ、
「名刺、貰ってください!リュウキです。よろしくね
」とイタズラに微笑むリュウキからの要求に応えるしかない冬子は、おそるおそる顔を上げ、リュウキの瞳を見つめる。

憂いを帯び、少しだけ腹黒そうなタレ目が、冬子の「好きにして」という感情に訴えた。
心臓が止まりかけた瞬間、席を外していたせつなが戻ってきた。
「おまたせー、今から梓馬さん達来てくるれるらしい!少し賑わってきたわー!リンネとトーコちゃんも、そろそろ終わりにしよっか。ごめんね!」

あの失礼な下ネタユーチューバーか…。てか、男なのになんでホストなんか来るの?ここって姫の場所だよね…?
自分が未成年な上、無料で飲食させてもらっている立場である事実に蓋をし、エイトビートないし梓馬への批判が冬子の脳内に侵入した。

ものの数分で、エイトビートのメンバーと、中心にはモデル級に綺麗な美女が梓馬の腕に絡みつき、店内に現れた。

「っらっしゃいませぇ!!!!!!!!!」

先ほどの倍ほどの威勢の良さで、ホスト達が出迎える。
「うわー、生の那倉さんにお逢いできるなんて、光栄すぎます!何回も何回も何回も、お世話になりました!!」

店長が美女に頭を下げると隣に居た梓馬も
「オレもオレも!!今日の撮影はオレの中で夢の企画やって、ほんま…!レイラさん、めっっちゃ良かったですよ!飲みましょー!」
美女を絶賛した。

美女は「那倉レイラ」といういわゆるAV女優で、ぼちぼち有名な上に、何度も整形したことも公表し、それにより女性ファンも獲得したインフルエンサーでもあった。

確かに、レイラには冬子やリンネには無い洗練された色気がオーラを放ち、「手の届かぬ存在」という言葉がぴったりだった。

店内のシートから首をぴょこっと出しながら、入店してきた客を何度もチラ見するキッズ達に大地が気付いた。

「あーー!おまえら!!」と一瞬喉から出かかったが、何となく空気を察した大地はすぐに平静を保ち、で店長の案内に従った。

「大地さん、私らに気付いたね。何も言わないでくれてマジありがたい。そろそろ出よっか」
「ほんと!その前に、ごめんちょっとトイレ行ってくるね」

冬子は席を外すと、ばったりと梓馬と遭遇した。
「おまえ、あん時のトー横キッズよな?未成年じゃけん、あかんよな?言わんといてやるし、はよ帰れよ。自分大切に!」

子ども扱いされた事に、酒が回っている冬子は無性に腹が立った。
「どーせ私は子どもですよ!梓馬さんは、綺麗な女の人にデレデレしてるおじさんですよね!
いつか偉くなって、下品なおじさんを罰する法律を作りますから!!」
キッと梓馬を睨みつけると、精一杯の反論をした。

ぷはっ。と目を見開いて笑みをこぼした。
「オレの名前知っててくれたん?てかさ、法律作るような偉い人になるんやったら、一刻も早く帰ってはよ勉強せぇよ」

梓馬の「帰れ」の言葉に、色々と思い詰めていた緊張の糸が切れたのか、冬子はぼろぼろと涙が止まらなくなり、その場で泣き崩れてしまった。

「え、えーと、オレ、ゴメンな。何か気に障ること言ったんやな、あーーもう、、ホントにごめんって!」

梓馬が少女の本気で泣き崩れる姿に動揺していると、店長が駆けつけた。
「大丈夫ですか?あー、リンネちゃんのお友達っすね。意識は?」

「あ、何か意識はあるみたいなんすけど、吐いて気持ち悪いみたいで…、あと何か色々不安定らしいです。外の空気吸わせてきます!」

梓馬は咄嗟に冬子の手を引っ張り店を出ると、自販機でレモンティーを購入し、冬子に差し出した。

「ちょっと冷たいもんでも飲んで落ち着けば?」
涙でメイクが崩れ、ぐちゃぐちゃになった顔を見られたくない冬子は、うつむきながらレモンティーを受け取った。
「レモンティーか…。あんま好きじゃない。。」

文句を言いながらダルそうに蓋をあけ、レモンティーをグビグビと飲む冬子に呆れた梓馬は、この情緒不安定な未成年に平謝りする気が失せた。

「落ち着いた?店戻って、お友達んとこ行ってきなよ。」
梓馬が冬子の手を引っ張り、立ち上がった瞬間、冬子の胃の中から先ほど大量に飲んだ安い酒が一気に込み上げてきた。

「うぇ……、、、」

道路に盛大にまき散らす冬子に対し、梓馬は先ほどのような自責の念は全く生まれなかった。
しかし、放置するわけにもいかず、一応背中をさすって介抱だけはしてあげた。大人の優しさだ。

「言っとくけどな、オレまだ22やけん、おじさんではないから。まぁ、きみと違って堂々と酒は飲める年だけどね」

「ふゆこ。私、ふゆこって言うの。『きみ』とか上から目線、やめてください。」

「トー横のトーコじゃなかったっけ?」

「みんな何かそう呼ぶようになったけど、トー横だからじゃなくて、季節の冬に子どもの子だからトーコって呼ばれてるの。勝手に勘違いしないでください。」

「てか、梓馬さん、22歳に見えませんよね。30くらいかと思ってました。」

「おまえこそ勝手に勘違いすんなよ!失礼なガキやな。」

一通りの酒を吐き尽くし、気持ちも落ち着いてきたあたりで、それとなく梓馬が謝ってきた。
「さっきは、ゴメンな。冬子ちゃんも色々事情あるのに家に帰れなんて言って。」

「別にいいですよ。私こそ、下品とか失礼なこと言ってすみませんでした。」

ついさっきまでいがみ合っていた2人の間に、急に和やかな空気が流れた。
くすぐったい空気の中、梓馬が最初に口を開いた。
「家、帰れんの?」

「うん、あそこは私の家じゃないの。」

冬子は、母親のこと、勉強のこと、身の回りで辛いと思っていることを全て、梓馬に話した。

梓馬という人は、デリカシーがなく失礼でズケズケと物を言いがちだが、それゆえにこちら側も何でも話せるような雰囲気の持ち主だった。

冬子も例外ではなく、梓馬には自分の本音を包み隠さず表出できたし、感情をぶつける事もできた。

「冬子…、やっぱおまえは、何かプライド高そうな奴やなとおもっとったけん、やっぱいいトコのお嬢様やったのか。しかも、お受験キッズか。俺には無縁の話やな。」

また何か色々と癇に障る事を言われた気がしたが、間髪入れずに梓馬が続けた。

「オレは、ずっと貧乏育ちでさ、父親も母親も酒ばっか飲んで、全然構ってもらえんと育てられたけん。でも、何か強要したりとかは特になかったな。オレら正反対やな!」

突然、梓馬のスマホがなりだした。
「あ、大地からや。心配しちょるわ。」

「…ちょっとさ、今度オレらディズニーデート行かん?」

え、えーーー。
なんでディズニーなんですか?と頭を抱える隙も与えられず、
「冬子、どうせいつもヒマしちょるんやろう!!楽しみにしてて!」

もういちいち反感を買う気も失せた冬子のスマホと、強制的にラインの交換をさせられ、梓馬はまたねっ!と手をふると、さっさと店内に戻って行った。

気がつけば冬子のラインにもリンネから沢山の着信が来ていた。

初めてのディズニーデートは、タイプとは真逆の梓馬が相手になるのか、、でも、、ディズニーデートなんて、めっちゃ楽しみ!

既に店を出ていたリンネには心配ない旨を伝え、またトー横で落ち合う事になった。

リンネには何から話そうか、自分でも胸の高鳴りを感じたが、初めて家族以外とディズニーに行けるからなのだと思っていた。

























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