溶けた恋

7

冬子は友だちの家にいるからと家を飛び出してから、父と妹の居ない昼間の時間を見計らいちょくちょく自宅に帰り、荷物の整理や資金の調達等をしていた。

資金の調達源は、母親からだった。

「ただいま、ママ。久しぶり。お金足りなくなっちゃった。ちょうだい。」

「冬子、ママ反省してるから、、お願い、もう帰ってきてよ。こんな馬鹿な事はしないで。」

「無理だよ!こんな時ばっかり下出に出れば、言う事聞くと思ったら大間違いだからね!早くお金ちょうだい!」

「冬子…、今どこにいるのかだけでも教えて?お友達の連絡先だけでも。こんなにお世話になってるんだから、、親御さんにご挨拶に伺わないと。」
「は?大丈夫って言ってるじゃん!!」
こんな時にすら外面、体裁を保とうとする智子に虫酸が走る。

「ねぇ冬子、、本当にちゃんとしたお友達なの?最近のあなた、言葉遣いが乱暴になったし、、たまに学校は通ってるみたいだけど、お勉強もついてけてるの?ママ、どうしたらいいのよ…」

智子は大きな瞳をハンカチで抑えながら、冬子に訴える。

「もう、、しばらくほっといてって言ってるじゃん。早くお金、ちょうだい。
そうしないとこの動画、パパの親戚中に、学校の先生にも、世の中全員にバラ撒くからね。」

智子はナイフで我が子を脅して勉強を強要する姿を、しっかり動画に収められており、今度は冬子に脅される側となっていたのだ。
智子が冬子のスマホを力ずくで奪おうとするが、冬子はその手をさっとかわした。

「あ、これ取っても無駄だよ。しっかりバックアップとってるんで。スマホなんて取り上げたら、、分かってるよね??…早くお金。早く!!」

冬子は智子から10万円ほどの現金を奪い取ると、ピンクのキャリーケースと共にさっさと家を後にした。

罪悪感がないわけではないが、娘がこんな状態になり、自分自身がやつれ果て途方に暮れながらも、体裁と保身だけは頑なに守ろうとする母親の姿に、冬子は落胆し、軽蔑した。

「ここに帰ったら、私はまたママの体裁を守る道具にされるんだ。」




「今から広場いくよ。誰かいますか??」
Twitterに書き込むと、さっそくリンネと、その他2人から反応された。

冬子は颯爽と顔を上げ、仲間の居るトー横へ向かった。


トー横広場に到着すると、いつもの顔ぶれが笑顔で冬子を迎え入れてくれる。馬鹿な事、下ネタ、お酒、大笑い、誰も否定しないし、むしろ一緒になってやってくれる。

心に穴の空いたキッズ達はここで、少しばかりの休息を取るのだ。少ししたら、ちゃんと戻ろうって分かっている。だから今だけは、辛い現実から目を背けて優しい仲間達に囲まれて、笑っていたい。

何でこれが駄目な事で、ウザったい大人達や社会に馴染むことが、いい事なんだろう?

「将来の為」だと、大人の人は言う。
そんなの、納得出来るわけがない。

何か納得できる、明確な理由がないと。
誰もその答えはくれない。

だからトー横キッズ達は、居場所を離れないのだ。
納得出来ないと動かないというのは、人間の本質なのに、そこを無視して「やめろ」としか言わない大人達のほうが、逆に狂っている。

パパやママは、何で私を産んだのか?
結局のところ、ただただ適齢期で周りに流されたからとか、下らない理由なんだろうな。

私なんて産まれてこなければよかった。

簡単にナイフなんてものを使って娘を脅すママのやり方で、私は全て理解した。

いつも優しくニコニコしているママへの違和感、不信感の正体が、ようやく分かった。

ママは、私を愛してない。自分自身の虚栄心を満たすための道具にしか過ぎない。
私があの家に居る意味は、ない。

そのように、親の心について理解し譜落ちした冬子は、小さな頃からずっと大切にしているダッフィーのぬいぐるみを抱きしめて、ネカフェの小さな一室で眠りについた。

明日は、梓馬とディズニーシーだ。

悲しい気持ちになる事を考えているのに全然涙はでないのは、楽しみがあるからだ。

楽しみを作る事の大切さを実感した。
少しだけ、梓馬のカラッとした笑顔が頭をよぎる。
いい奴なのかも。



< 7 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop