【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

 フェリクスはつかつかと執務室を横切る。応接の為に置かれたソファに、まるで自分の持ち場のごとく腰を下ろすその小柄な肢体は、ジルベルトの着衣に似た漆黒の礼服を(まと)う。

「ああ。あんな噂に始めから期待などしてませんよ。報奨金という光源に群がる蛾が後を絶たない。
 シャルロワの蝶と真実は、闇の中に彷徨う……リュシエンヌ王女に仕えていた侍女が生存しているという噂もね」

 明るい栗色の髪は耳の下でまとまりなく跳ね、フェリクスという男を軽薄そうに見せている——が。
 きりり、と上がる眉の下には、猛獣のそれに似たヘーゼルの瞳が怜悧な二つの光を宿していた。

「どうせまたガセでしょう。残念、残念!」

 皇太子の有能な間諜(スパイ)は、内心に渦を巻く《《焦り》》を隠し、片手をひらひらさせてうそぶく。
 ジルベルトは『冷酷皇太子』の二つ名が示す通り、帝国に役立たぬものは容赦なく切り捨てるのだ。

「フェリクス、ふざけている場合ではない。シャルロワ城が陥落してから三年にもなるのだ。君も密偵を巡らせていながら未だ何の手がかりも掴めぬなど、情けないとは思わんのか」

 表情の柔らかさは崩さぬものの、フェリクスは心の内で怯んだ。
 ジルベルトの面輪が苛立ちで歪むのを、たとえフェリクス公といえども安易に見過ごせるものではない。
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