【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
素性を隠そうとする警戒心よりも、幼い頃から身に染み付いた習慣が勝る。
マリアは当然のように、ジルベルトに向けて控えめなカーテシー(淑女の礼)を披露したのち、しなやかに腰を下ろす。
『皇太子のお茶役は下女だ』との噂を耳にしていた侍従が目を見張った……のはさておき。
高貴な身分を持つ者達への礼節を、マリアはすべからくわきまえていた。
落ち着いた素振りを見せるマリアだか、心の中は違っている。
重厚な漆黒の礼服を整然と着こなし、上級貴族たる気品と威厳に満ちたジルベルトに見惚れてしまい、胸の高鳴りがおさまらない。
投牢されていた頃の、無精髭を生やした囚人の姿。
湯浴み上がりの軽装で膝枕をねだり、マリアの膝の上で寛ぐ姿。
どちらも知っているけれど、漆黒の礼服は薄灰の髪色とアイスブルーの瞳にとてもよく似合い、ジルベルトの凛々しさを強調するようで素敵だと思う。
昨夜、同じ寝台で眠ったと思えばなおさら鼓動が跳ねる——。
そのジルベルトが、唐突にも自分を『愛らしい』と言ったのだ。
——ジルベルトは私を、小動物か何かを見るような目でご覧になっているのかも……?
誰かに『愛らしい』などと言われた記憶が無いマリアは、ジルベルトの言葉をそのまま受け止めることができない。
鶏がらだ、みすぼらしい、そそっかしい。それがマリアの代名詞。
王女であった時分でさえ、宮廷行事の時にだけ顔を見せる姉弟たちから『卑しい』『愚劣だ』との蔑みを散々浴びせられてきたのだから。