【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

「あの、ごめんなさい。田舎育ちで、私を一人きりで育ててくれた母は病がちで、私は小さい頃からほとんど家から出た事がなかったものですから……。お祭りというものの記憶が無いのです。
 ウェインにいた頃も、下働きの仕事でそれどころではありませんでしたし」

「そうでしたか、失礼いたしました。『星祭り』の日は早朝から帝都中に露店が立ち並びます。次の日の明け方まで光が溢れて、人々が喜びの笑顔に包まれます。皇城に従事する者たちも、短時間ですが交代で外出が許されるのですよ。
 マリア様は、夜の女神『リュクシール』の神話はご存知ですか?」

「星々にまつわる神話なら、小さい頃に絵本で見た記憶があります」

 シャルロワの離塔に幽閉されていた頃、そのほとんどの時間をマリアは離塔の書庫室で過ごした。そこにあるほぼ全ての本を読み尽くしたと言ってもいい。
 ファンタジーにラブロマンス、礼儀作法、各国の歴史や政治のこと……。塔の外に出なくとも、世界の全てが書庫(そこ)に在った。

「もしかして『星祭り』って……《《もう一つの太陽》》が現れる、あの夜の事でしょうか?」

「ええ、その通りです! 昼と夜の境目が曖昧になる、あの不思議な夜です。ルイベラの天体観測官によれば、今年は来月の三日だという予測ですから。帝都中の皆がとても楽しみにしています」

 この世界には、二つの太陽が存在すると言われている。
 けれど人間が肉眼で確認できる太陽は一つだけ。

 夕陽が地平線の向こうに去った後も、空は一晩中青紫の色を保ったまま、(あかつき)を迎える。「もう一つの太陽」によってそのような現象が起こるとされているが、それを証明する確かな根拠はまだ見つかっていない。

 夜の女神「リュクシール」とその愛息らの神話も、人々の信仰心と、この不思議な現象を理由づけるものとして生まれたのだろう。

「夕星『ラウエル』の下で愛の誓いを立てた者たちは、暁の女神『ガイア』の加護を受け、生涯幸せに寄り添うことができると言われています。なので昔から結婚の約束をするならこの日だとも言われます。
 とはいえ、夕星『ラウエル』は、必ずしも星祭りの日に見えるとは限らないようですが」
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