【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

「強いて言うのなら……この『髪』です。母の面影を残すもので、私にとってはこの髪が母の唯一の形見ですから。とっても、大切なものです」

 ジルベルトは立ち止まり、驚いたように目を見張る。が、すぐに表情を柔らかにしてマリアを見遣った。

「マリアの母君だ。さぞ美しい人だろう」

 今度はマリアが目を見張る。
 そう……母親はとても美しく、優しい人だった。その輝くような美貌を買われて王の妾となったのだ。
 王が二人目の正妻を迎え王子が生まれると、まだ赤子だった娘とともに母は王宮の離れ塔に追い遣られた。マリアが成長し母の持病が悪化しても、ろくな治療を受けさせてもらえぬままその短い生涯を終えた。

「はい……。母は私が大切にしていた、ただ一人の家族で、ただ一人の母でした」
「父君は? 兄弟はいないのか?」
「父は死にました。兄弟は……いません」

 ——そうだ。私には初めから、信頼しあった家族という意味での父親も、姉や弟もいなかった。いたのは時々暇つぶしにやってきて、母と私を蔑み嘲る小さな悪魔たちだけ。

 離塔に隔離されてからも、ちゃんとした治療を受けてさえいれば。母親の病があんなふうに悪くなる事は無かった。マリアが幾ら縋ろうとしても、離塔に閉じ込めた母娘たちの訴えなど国王が聞くはずも無く。
 日増しに痩せ衰えていく母の面影を脳裏にえがけば。今でも悔しさで涙が滲みそうになるのを、どうにかぐっと(こら)える。

「たった一人きりの母君も、亡くなったのだな」

 まるで労わるように、ジルベルトの両腕に力が込められる。
 厚い胸板から伝わる体温はとてもあたたかい。ここで涙なんかを流して、優しいジルベルトを心配させるわけにはいかないのだ。
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