【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
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「———くしゅん!」

 南庭のガゼボに吹く風は穏やかだが、夕刻の冷気をはらむ。
 膝の上で丸くなって眠る薄灰色の仔猫が驚いて、片目だけをちらりと開けた。
 
「マリア様? 風邪をひいてはいけませんわ。そろそろお部屋に戻りますか?」
「有難うございます、ラムダさん。でもまだ平気です。鼻が少しくすぐったかっただけですから」

 口元に笑みを滲ませ、ラムダが立ち上がる。

「わたくしは本宮に呼ばれておりますので、そろそろ行かなくては」
「ええ。どうぞ行ってください。私とジルは、もう少しここに居ても良いでしょうか?」

 円卓の上には若葉の緑色を閉じ込めたようなお茶が注がれたティーカップと、ラムダが持って来てくれた、美しい風景画の画集が広げられた状態で置かれている。

「構いませんが、お部屋まで一人で平気ですか?」 
「ええ、もう何度も行き来していますもの。ジルもいてくれますし、大丈夫です」

 みゃぁ!
 任せておけ、とでも言いたげに、仔猫がタイミングよくひと鳴きした。

 マリアが獅子宮殿に来てから、ひと月近くが経つ。
 自室に戻る道はわかっている。このガゼボでジルベルトと時々昼食を摂ったり、こうしてラムダとお茶の時間を楽しんだりもした。
 今となってはマリアに面と向かって罵声を浴びせたり、あからさまな敵意を投げてくるメイドもいない(ラムダがいつもそばにいて、目を光らせてくれているから)。
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