【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

「ではマリア様。夕食の支度ができましたらお部屋に参ります。日が落ちるまでにはお戻りくださいね」

 呑気な小鳥たちの囀り。
 足を早める夕風が木々の葉をさらさらと揺らす。獅子宮殿のガゼボはいつ来ても人の気配がなく、木々の緑の中にひっそりと佇んでいる。

 ラムダの背中を笑顔で見送ると、マリアは卓上に再び視線を落とした。
 両手でやっと抱えられるほどに大きな画集。
 開いたページには、桃色の花々に囲まれた庭園で、白い大きなリボンのついた帽子を被る女性に手を差し伸べる男性が描かれている。
 絵の中のその男性が、ジルベルトに少し似ているような気がして。

「ジルベルト……」

 その名を口にするだけで、胸の奥がきゅ、と締め付けられるように痛くなる。

『身勝手な男の我儘に付き合わせてしまって、すまない。』

 意識があるなかで、ジルベルトと初めて添い寝をしたあの日から。ジルベルトは毎夜マリアを寝台まで運び、両腕で優しく抱きしめるようにして眠りに就く。

 頭の上の呼吸が静かな寝息に変わるのを感じ取ってから、マリアは目を閉じる。けれどジルベルトは本当に、マリアより先に寝入っているのだろうか。
 なかなか目を閉じようとしないマリアを気遣い、わざと眠った《《ふり》》をしているのではないかと、とても心配になってしまう。

『心臓が壊れそうだ』と言ったマリアに、微笑って『慣れてもらわねば困る』と言ったジルベルト。

 いくら慣れろと言われても、薄い夜着越しにふれる体躯の(たくま)しさや、ジルベルトの体温も、規則正しい鼓動も、呼吸の一つさえも……マリアの後頭部を包む大きな手のひらにだって、いつまでも慣れる事はない。
< 215 / 580 >

この作品をシェア

pagetop