【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

 このひと月のあいだ毎夜通い詰めているのに、いつまでも慣れないのはジルベルトの居室の廊下に立つ二人の衛兵の視線。
 片手に鋭い槍を持った彼らは飽きもせずにぎろりと目だけを動かす。両手がふさがっているので、マリアは足首まである夜着の裾を踏みつけないよう気遣いながら、逃げるように彼らの脇を通り抜けた。

 お茶役はその名のとおり就寝前のお茶を運ぶものだが、ジルベルトが不要だと言うので身軽なものだ。
 今夜はラムダに借りているお気に入りの画集を持ってきた。
 ジルベルトに似た男性が登場する絵や、美しい絵画の数々をふたりで眺めたかった。
 
 大好きなマレが描く世界を、ジルベルトも気に入ってくれるだろうか。
 興味深く画集を眺める真摯なあの碧い瞳を想像すれば、自然と柔らかな笑みが(こぼ)れた。


 廊下を一歩進むたびに胸の鼓動が早くなる。
 衛兵の前を通る緊張よりも、ジルベルトと毎夜過ごす時間の方がよほどマリアの胸を疼かせる。

「……失礼いたします、マリアでございます」

 両開きの扉を叩けば、少しの間があって。
 ジルベルトが力強い腕で重い扉の片方を開けてくれる——いつものように、穏やかな優しさを滲ませた碧い瞳がマリアを見下ろす。今夜も——そのはずだったのに。

 ガチャリと音を立て、ゆっくりと開かれた扉の向こう側に立つジルベルトはマリアを見るなり、す、と顔を背けた。

 ——ぇ……?
 
 一瞬、それが何を意味するのか理解ができなかった。
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