【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
 『リュシエンヌ!』

 塀の向こうから届いた若い女性の声は、確かにその名を呼んだ。
 水の音にも負けないしっかりした声色で、空耳でも幻聴でもなかった。
 
 鉄格子の門の外から覗かれていたのだろう。
 浅はかにも、その声に過剰に反応してしまったことを悔んだが、心臓が飛び出るほど驚いたのだから仕方がない。

 亡国の王女リュシエンヌを知る者——マリアを王女リュシエンヌだと認識する人物が、この皇城のどこかにいると言うのか。

 ——メイドの、誰か……? いいえ、それとも……。

 皇城のどこかに若い令嬢が寝食を共にする後宮があると聞いている。
 小国の王女や上級貴族令嬢たち……その中に王女リュシエンヌを知る者がいるのではないか。

 亡国では滅多に離塔を出してもらえなかったマリアだが、幼い日、まだ王宮に住んでいた頃は、僅かながら王侯貴族の目にふれる機会もあるにはあった。

 ——その頃の稀有な記憶を持つ人が、今、この皇城内にいるというの……?
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