【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
 真鍮のドアノブが静かに回り、薄く開いた扉から、声の主がまるで恐縮するような面差しをそっと覗かせる。
 夫の精悍な眉はすっかりハの字に下がっていた。

 リュシエンヌは思わず破顔し、
 
「そんなに遠慮なさらなくても。もう随分と楽になりましたから」
「そうか……? それなら良かった」

 重厚な礼服に身を包んだ凛々しい夫は安堵の吐息とともに秀麗な面輪を(ほころ)ばせ、寝台の端に腰を下ろす。

「フェルナンドの奴が『何度も訪ねすぎだ』とぼやくものだから」

 長い指先を伸ばして夜着のままの華奢な肩を引き寄せると、さも愛おしげに血の気が失せたリュシエンヌの額に自分の頬を寄せた。

「ふふっ。アルハイゼンとエルヴィンの時は《《半時間おき》》でしたものね?」
「……そう揶揄うな。これでも二時間は我慢したんだ」

 頬を離し、拗ねたように視線を逸らせる夫のジルベルトを、リュシエンヌは畏敬を込めた眼差しで見上げる。

 政務が立て込んでいるであろうに、フェルナンド宰相に叱られながらも自分の身を案じて時間を割いてくれる夫の思いやりが何よりも嬉しかった。
 
 かつては冷酷皇太子と畏怖された彼も、今となれば誰もが敬う賢帝としてその名を馳せている。
 年嵩とともに威厳を増してゆくジルベルトの面輪は、けれど出逢った頃と変わらず美しい。

「さて……。俺のお姫様は?」
 ジルベルトが立ち上がり、リュシエンヌの寝台の脇に向かったその時だった。


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