元ヒロインの新妻は元ヴィランの夫から逃げられない 〜あなたは征服欲と支配欲のために私と結婚しただけなの、ちゃんとわかってます。は? 愛してる⁉ 本気ですか⁉〜

第1話 龍一郎さん。どうしてあなたがここにいるんですか。

 えっと、どうしてこんなことになっているのかな? 私は隣に座っている『夫』をちらりと見上げた。
 『夫』が私の視線に気づいて、こちらを見下ろし、唇をつりあげて笑顔を作った。こわっ、この人の目が笑ってない笑顔、こっわっ!
 私はすぐに視線をそらして、私たち夫婦を興味深げに見守る同級生に無理やり笑顔を作った。
 めでたく合格した大学の新歓コンパ、もちろん自分は「家族に怒られるから行けません」と断った。断りきれなかったのは私の落ち度だ。でもね、この人をガチで怒らせるなんて、絶対にしたくなかったから、気は重かったけれどラインで許可を求めたわけ。
 ここまでの行動は間違ってないはず。そう、間違ったことは何一つやってないと思う!
 なのにどうしてこの人、コンパ会場に来てるんだろう。信じられない、どこの店に行くかなんて私も連れて行かれるまで知らなかったのに。連絡する前に彼が登場したときの驚きをわかってほしい。
「天堂さんが『家族に怒られるから行けません』って言ったとき、家族って、てっきりご両親だと思ってた〜。新婚さんなんだ。しかも相手がこんなイケメンだなんて、びっくり!」
 うわーん、やめて。いろんな意味で耐えられない。その気になればためらいなく人を殺せる大きな手が、わざとらしく私の体に回されて肩を抱いた。恥ずかしさに体が強張る。『夫』の手は私の肩をひと撫でして離れた。そして低いけれどよく響く声でこたえた。
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ。結婚相手が、自分みたいなおじさんだなんて、彼女には申し訳ないって思ってるから」
 ね、と私を見て笑顔になる。
 嘘だ。
 私はどんな顔をしたらいいかわからなかった。なにが、どこがおじさんなものか。鏡を見ろ。自分がそんなふうに見えないのをわかってて、ヴィランだったこの人は平然と嘘をつく。
 そもそも申し訳ないなんて思ってたら、ただの人間に戻った私に関わったりしない。私の自宅を頻繁に訪問して、『品行方正な理想的な彼氏』を演じたりもしない。さらに言えば私の高校卒業式を出待ちしたりしないし、4月に入ってすぐ、略奪するかのように籍を入れたりしない。
「高校卒業するまで待って、式も挙げて籍も入れた。何が不満だ」
 籍を入れ、挙式した夜、この人は新婚旅行先の超高級ホテルのスイートルームで、目をギラギラさせながら聞いてきた。私は答えられなかった。
 不満だとか不満じゃないとか、そういう話じゃないのに。在学中に一度手を出したからって、好きでもない相手と結婚する必要はないんじゃないかって、そういう話なのに。
 私は『夫』に声をかけた。
「龍一郎さん、明日も仕事なのに迎えに来てもらってごめん。みんなももう、飲み会に行けない理由はわかってくれただろうから、帰ろ?」
 かつてヴィランだった男、光と善の世界の敵だった『夫』を、これ以上ごく普通の大学生と同席させたくなかった。いろんな意味で怖すぎる。それなのに、怖いもの知らずな女子大生は、甘えた声をあげた。
「ええ〜、もうちょっといいじゃん。ねえ天堂さぁん、そんなに年齢離れてて、どうやって出会ったんですかあ」
 暗にパパ活じゃないのかと揶揄する彼女に、『夫』は微笑した。
「彼女とはインターネットのゲーム対戦で出会ったんですよ」
「ゲームぅ⁉ へえ、オタクなんだぁ。その時計、パテック・フィリップですよね〜。素敵ですけどぉ、どんなお仕事されてるんですかぁ」
 バカにしたような声音に、「この人に興味を持つのはやめたほうがいいって」と言いたくなる。『夫』はブランド物の名刺入れからすっと名刺を出した。有名な警備会社の代表取締役社長という肩書が書かれた名刺に、みんなの瞳がギラギラ光った。私は泣きたくなった。
「あ、この会社知ってる! オーナー社長ってすごーい! 知り合いに独身男性いたら紹介してください♡」
 うわーん、ダメだよう! こんな怖い人の紹介で知り合うなんて、絶対にダメ。
「あの、龍一郎さんの知り合いって、皆さんいいお年ですよね?」
 私の必死の言葉に、『夫』は面白がるような眼をした。
「まあそうかな。いろいろ女性関係も派手だし」
「それでもいいから紹介してほしい! あ、天堂さんてラインやってますかぁ?」
「やってるよ。アドレス交換しようか」
 私は『夫』が、入学して知り合ったばかりの女子大生たちとラインのアドレス交換するのを、なすすべもなく見守った。

「龍一郎さん。ごめんなさい」
 彼の運転する高級車の助手席に座った私は、小さな声で謝罪した。
「どうした? みどりは何も悪くないだろう?」
「お願いです、彼女たちに手を出さないでください」
 私の言葉に、『夫』は運転しながら低く笑った。
「うーん。どうしようかなあ」
 私はうつむいた。
 この人がヴィラン、その気になれば人の命を平然と摘み取れる怖い人なのはよくわかっていた。だって、私はかつて彼と敵対するヒロインだったから。
 私は私の属する善と光の世界からヒロインとして選ばれ、何度も何度も彼と戦った。彼も彼の属する悪と闇の世界から、ヴィランとして選ばれた存在だった。
 戦いというのがいわゆる暴力行為なら、私は決して彼に勝てなかったと思う。
 二つの世界が求める戦いは一風変わっていた。写真を撮るとか、絵を描くとか、料理を作るとか、歌を歌うとか。私たちは世界から出された課題を期限内にこなし、その成果をお互いの世界が判定して毎回勝敗が決まった。
 彼との戦いは楽しかった。
 ヒロインとヴィランとして対峙するときは、お互いに仮面と衣装の下に素顔を隠していたけれど、賢い彼には未成年であることを気づかれていただろう。
 一番最初の写真を撮ってくるというクエストで勝利するために、彼は景色の美しさに定評のある海外リゾートにおもむいた。悔しかった。私が撮ってきた猫集会の写真だって、めちゃくちゃ可愛かったのに。「金の力で勝つなんて、ほんっとイヤなやつ!」と思っていたけれど、そのうち彼は経済格差をひけらかさなくなった。お互いの才知や創意工夫で戦うようになってからは、戦いはどんどん楽しくなってしまった。
 彼に勝つために、彼の裏をかくために、彼のことをよく研究したし、どんな人か想像した。ヴィランとして選ばれるだけあって、悪党なのは間違いない。きっとお金持ちだ。結婚はしてないみたいだし、決まった恋人もいないんだろう、でももてるんだろうな……。
 いつしか世界のためというより、彼に一目置かれたくて課題をこなすようになった。だから休日に現実世界で偶然出会ったとき、息が止まった。彼も私から目を離さなかった。先に手を伸ばしてきたのは向こうだった。そして私はそれが何を意味するか承知の上で、彼の手をとった。この人にラブホテルに連れ込まれて大人にされても一切抵抗しなかった。
 この人は普通じゃない。
 普通の大人なら、現実世界で初めて出会ったばかりの少女に手を出したりしない。でもこの人はした。そしてこの人はヴィランじゃなくなり、私もヒロインではなくなった。
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