貴公子アドニスの結婚
ニケの話を聞いて、アドニスは愕然とした。
たしかにニケと結婚するまで、ずっと自分に釣り合うのはフィリアだけだと思っていた。
だが、フィリアが自分のものになることは決してない。
あの頃アドニスは、見返りを求めないフィリアへの想いに酔っていたのかもしれない。
だから…、そんな設定に酔って、無意識にフィリアの名を呼んでしまったのかもしれない。
茫然自失のアドニスに、ニケは追い打ちをかける。
「幸い、貴方は二回目以降フィリア様の名前を呼ばなくなった。でも知ってた?貴方が私の名前を呼ぶのは、今日が初めてなのよ。閨でも、昼間でもね」
「まさか、そんな」
そう呟いて愕然とする。
たしかに、『ニケ』の名を口にするのは初めてかもしれない。
心の中では何度も呼んでいたのに。
結婚する前もしてからも、フィリアが一番大切だった。
でも多分、いつの間にか一番は逆転していた。
「いいのよ、どうせ私の名を呼ぶ必要なんてなかったのだから。だって貴方は、初対面で私に名乗らなくてもいいと言ったくらいだもの。名前を呼ぶことはないから覚える必要もないってね」
ニケの口調は、もう次期公爵夫人のそれではなくなっていた。
もう、取り繕う必要さえないのだ。
言葉をなくしたアドニスを、ニケは真っ直ぐに見据えた。

「貴方とラントン公爵家には感謝しています。公爵家の支援で弟は無事アカデミーに入学出来たし、実家も持ち直しました。でも、その代償として提示された義務を、私、ちゃんと果たしたでしょう?」
「……代償……」
その言葉に衝撃を受けたアドニスは、縋るような目でニケを見つめた。
しかしニケは全く温度を感じさせない声音のまま、アドニスに最終通告を言い渡した。

「貴方にはもう、金輪際、二度と触れられたくないの。だって、私だって貴方を愛してなんかいないもの。だから、私を解放してくださいませ、旦那様」
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