貴公子アドニスの結婚
製本業が軌道に乗って儲けていたニケは、慰謝料はいらないと言って公爵家を出て行った。
話し合いの結果、二人の子どもも連れて出た。
ただ、子どもの籍はラントン家のままで、長男はいずれ公爵家の後継者としての教育を受けることになる。

ニケは実家のベルトラン家が所有している小さな家を改築して、そこに住むことにした。
王都の郊外にあった古い家だが、今ではすっかり立派なお屋敷になっている。

「家族みんなで一緒にご飯を食べるの。だってもう、家族の誰かがいない食卓なんてまっぴらだもの。ささやかでも、お互いを想い合って毎日笑って暮らす生活を、私はしたいの」
そう言ってニケは出て行った。
アドニスになど、全く未練を残さずに。

そして、姑である公爵夫人もニケについて行った。
ニケは、子どもたちの世話を買って出てくれた義母を歓迎した。
「これから私の青春が始まるの。楽しみだわ」
そう言って笑う夫人に公爵は縋ったが、彼女もまた、未練一つない笑顔で去って行ったのだ。

離縁届にサインしたあの日、ニケは晴れやかな笑顔を見せた。
ーー彼女は、こんなに綺麗に笑う人だったのかーー
アドニスはあれからずっと、彼女の笑顔に囚われている。
< 26 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop