花婿が差し替えられました
「お受けいたしましょう」
そう答えたアリスの言葉に、クロードは初めて顔を上げた。
いずれ義弟になるはずだった彼の顔はもちろん見知っている。
何度か挨拶を交わした程度だが、いつも爽やかで礼儀正しい印象を受けていた。
だから、こんな彼の顔を見るのは初めてだった。
彼は驚愕に目を見開いた後、キッとアリスを睨んだ。
そして一瞬の後、クロードの瞳は絶望の色に染まっていったのである。

結局、結婚式は花婿を差し替えて挙行された。
両親もサンフォース伯爵家の使用人たちも激しく反対したが、結局は最後には折れた。
おそらくここで結婚を取りやめようと花婿を差し替えようと王都中に醜聞が広がるのは同じこと。
どっちにしろアリスが醜聞に晒されるなら、被害は最小限に食い止める方がいい。
そして当の本人であるアリスが花婿差し替えの方を選ぶなら、そちらを選ぶしかないのだろうと。

こうして、挙式当日に花婿が差し替えられるという前代未聞の結婚式が挙行された。
新郎クロードは兄の結婚式に列席するために着てきた騎士用の礼服のままである。
新たな花婿は兄のキラキラしい婚礼衣装を身につけるのだけはどうしても嫌だったのだ。

おそらく多くの参列者たちは、式が始まってもしばらく花婿の差し替えに気づかなかっただろう。
雰囲気は全く違うが、さすが兄弟だけあってナルシスとクロードは面差しが良く似ていたのだ。
たしかにいつものナルシスにしてはかなり地味な婚礼衣装であったが、それも花嫁を際立たせるための演出とも思える。

しかし参列者たちがにわかにざわめき出したのは、神父が新郎の名を読み上げた時であった。
言われてみれば、花嫁と共に礼拝堂に入ってきた花婿はあきらかに仏頂面で、いつも微笑みをたたえているようなナルシスとは雰囲気が全く違っていた。
(なぜ、花婿が四男に⁈)
(クロード殿はまだ十代ではなかったか⁈)
ざわつく中、新郎神父は神の前で、言葉だけの永遠の愛を誓う。
花婿からは当然誓いの口づけも、笑顔さえもない。
そして美しく着飾った花嫁を、一瞥さえしなかった。

何から何まで前代未聞の結婚式は、翌日には王都中の噂になっていた。
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