黒瀬くんは、"あの"一匹オオカミちゃんを一途に溺愛したいらしい。
お腹の激痛で伏せていた顔を勢いよく上げて、声を荒げた。
教室中に自分の声が響いて、一気に空気が変わってしまったのが分かった。
「やってしまった」と一瞬だけ怯んだものの、それでもキッと睨んだ鋭い視線の先にいたのは、えらくこちらを心配している様子の男だった。
「顔、真っ青じゃん。保健室行く?」
「……っ」
こんな私を見ても、表情一つ変えることなくさらに声をかけてくるこの男。
そのせいで、周りにいるヤツらはみんな驚きを隠せないといった様子でこちらを見てきている。
それも無理はない。
あの学校イチ人気者と言われている黒瀬 真中が、学校イチ嫌われ者の私に構っているのだから。
校内を歩けばいろんな人達から声を掛けられる男と、すれ違えばコソコソ言われる私。
学校の外に出ればモデルのスカウトを受け、ひとたびSNSを更新すれば何十万人もの人達にイイネを押される男と、誰一人として近寄ってくる気配すらない私だ。
だけど、全然それでいい。
むしろ好都合だった。
変に注目されず、誰の記憶にも残らないまま、このつまらない高校生活を終えることだけが私の願いだった。
それなのに、この男ときたら……。
「薬持ってるの?俺あるけど、いる?」
「二度と話しかけてくるな、このチャラ男め」