一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う
1.出逢い〜三日月〜
その日、王都は空高く三日月が浮かぶ夜だった。
黒い髪、金色の瞳を持つ17歳の少女ルナは、いつものように、王都の高台に向かった。
全身真っ青のロングワンピースと外套を身に纏い、ルナは高台へ続く階段を駆け上がる。
まだ街灯の明るさで賑わう城下町とは違い、高台は月明かりだけに照らされている。
「さて、今日もやりますか」
「誰も聞いていないのに宣言するってどうなのさ」
「うるさいわね、気合いよ、気合い」
ルナに話しかけるのは、黒猫のテネ(♂)。
黒猫は魔女の使い魔でもある。
そう、ルナはこの国でただ一人の魔女だった。
ルナは浮かぶ三日月を見上げると、肩に提げていた鞄から小瓶を取り出し、空に掲げた。
ルナに応えて、月からはキラキラと降り注ぐように、月の光が集まる。
瓶に光を納めると、すぐに蓋をする。
そして次はーー
鞄に手を突っ込んだタイミングで、後ろに気配を感じた。
「女、ここで何をしている」
剣は抜かれていないものの、鞘に納まったまま、後ろからルナの首を捉えている。
(いつの間に後ろに……)
ルナは鞄から手を出し、抵抗はしません、と両手を上に上げる。
剣の鞘の模様を見れば、近衛隊の紋章。
(ふうん、彼が……)
ルナは自分が得た情報を脳内で手繰り寄せ、微笑む。
「国で希少な聖魔法の使い手、近衛騎士のエルヴィン・ミュラー様が街の警備隊に左遷されたという噂は本当だったのですね」
鞘をひらりとかわし、ルナがエルヴィンの方を向けば、彼は眉をぴくりと動かす。
「……何者だ」
「ただの薬師です」
にっこりと微笑むルナに、エルヴィンは増々眉間に皺が寄っていく。
「薬師が何で情報通なのさ」
テネの言葉は魔女にしか理解出来ない。ニャーと鳴くテネに向かって、ルナはジロリと睨んだ。
「猫……?」
月明かりがあるとはいえ、漆黒の闇に紛れる黒猫の姿をエルヴィンは捕らえていなかった。
「月の剣とも言われる三日月の夜に、あなたと出会えたのも何かの縁。お近づきの印にどうぞ」
エルヴィンがテネに気を取られた隙に、ルナは間合いを詰め、そっとエルヴィンの騎士服の胸ポケットに飴のような包を差し入れる。
「な?!」
急に懐に入られ驚くエルヴィンは、思わず剣を身構える。
ルナはそれをひらりとかわし、エルヴィンと再び距離を取った。
「困ったら、その飴を思い出してくださいね」
エルヴィンに向かってルナはそう言うと、踵を返す。
「待て……!」
背後でエルヴィンの静止する声が聞こえたが、ルナは振り返らずに、闇の中へと消えていった。
エルヴィンはその場に立ち尽くし、それ以上追いかけて来る様子は無かった。
「何カッコつけてるのさ」
「うっさいわね、あんたも何話してくれちゃってんのよ?」
闇に紛れ、エルヴィンを撒いたルナは、早足で家に向かいながら、テネと言い合いになる。
テネは先代の魔女、ルナの師匠にあたる人の頃からの使い魔で、師匠が亡くなってもルナに付き従ってくれている。
幼い頃から一緒にいるので、侍従関係というよりは、兄妹に近い感覚をルナは持っていた。現に、テネの方も師匠に対するのと違って、ルナには随分砕けた物言いで、容赦もない。
「彼、イケメンだったもんね」
「……顔は関係ないと思うけど」
テネの皮肉に、ルナは頬を膨らませて抗議する。
間合いを詰めて間近で見たエルヴィンは、月明かりに照らされた夕日のような淡いオレンジの髪と瞳がキラキラと綺麗だった。ルナにとって眩しくて羨望の色だった。
「確かにイケメンだったけど、彼が街の警備隊に左遷された理由を知ってるからあの飴をあげたのよ」
「その情報も僕がルナに教えたんだけどね」
「もー、やけに突っかかるなあ?」
ルナが説明をするも、テネはニヤニヤとルナを見上げる。
「僕はただ、イケメンだからって、近衛隊と近付きすぎるのはどうかな?って思っただけだよ」
「もー、だからイケメンなのは関係ないって……それに、今はこの街を守る警備隊員だよ」
先程の高台から離れ、王都の外壁を出るとすぐに森に出る。ルナの家は、森に入ってすぐの所にあった。
「よいしょ」
王都の外壁の検閲口は何ヶ所かあり、そこには門番が立っている。その門番も警備隊が務めているのだが、ルナは検閲口を使う訳では無い。
師匠の魔法で隠された外壁の穴を通って森に入る。見回りさえかわせば見つかることは無い。
「月の光はちゃんと取れた?」
「今日の分は充分でしょう。しばらく天気も続きそうだし、大丈夫かな」
「なら良いけど」
ルナは家の前までたどり着き、扉を開ける。
二年前、師匠のアリーが他界してから、テネと二人だけの生活になったこの家は、まだ寂しく感じる。
「……一人でもやるしかないもの」
「何? 弱音?」
扉を開け、まだ暗い部屋を見つめ、ルナがポツリと呟くと、テネは意地悪く言う。
「……ううん。立ち止まってなんていられないよね。私にはテネもいるし、大丈夫。それに、約束したから……」
ルナはテネに向かってにんまりと笑って言った。
一人ぼっちの魔女は寂しさを抱えながらも、前向きに生きていた。使い魔のテネと一緒に、ある使命を負っていた。
それはルナにしか出来ないことであり、この国のため、ルナのためでもあった。
黒い髪、金色の瞳を持つ17歳の少女ルナは、いつものように、王都の高台に向かった。
全身真っ青のロングワンピースと外套を身に纏い、ルナは高台へ続く階段を駆け上がる。
まだ街灯の明るさで賑わう城下町とは違い、高台は月明かりだけに照らされている。
「さて、今日もやりますか」
「誰も聞いていないのに宣言するってどうなのさ」
「うるさいわね、気合いよ、気合い」
ルナに話しかけるのは、黒猫のテネ(♂)。
黒猫は魔女の使い魔でもある。
そう、ルナはこの国でただ一人の魔女だった。
ルナは浮かぶ三日月を見上げると、肩に提げていた鞄から小瓶を取り出し、空に掲げた。
ルナに応えて、月からはキラキラと降り注ぐように、月の光が集まる。
瓶に光を納めると、すぐに蓋をする。
そして次はーー
鞄に手を突っ込んだタイミングで、後ろに気配を感じた。
「女、ここで何をしている」
剣は抜かれていないものの、鞘に納まったまま、後ろからルナの首を捉えている。
(いつの間に後ろに……)
ルナは鞄から手を出し、抵抗はしません、と両手を上に上げる。
剣の鞘の模様を見れば、近衛隊の紋章。
(ふうん、彼が……)
ルナは自分が得た情報を脳内で手繰り寄せ、微笑む。
「国で希少な聖魔法の使い手、近衛騎士のエルヴィン・ミュラー様が街の警備隊に左遷されたという噂は本当だったのですね」
鞘をひらりとかわし、ルナがエルヴィンの方を向けば、彼は眉をぴくりと動かす。
「……何者だ」
「ただの薬師です」
にっこりと微笑むルナに、エルヴィンは増々眉間に皺が寄っていく。
「薬師が何で情報通なのさ」
テネの言葉は魔女にしか理解出来ない。ニャーと鳴くテネに向かって、ルナはジロリと睨んだ。
「猫……?」
月明かりがあるとはいえ、漆黒の闇に紛れる黒猫の姿をエルヴィンは捕らえていなかった。
「月の剣とも言われる三日月の夜に、あなたと出会えたのも何かの縁。お近づきの印にどうぞ」
エルヴィンがテネに気を取られた隙に、ルナは間合いを詰め、そっとエルヴィンの騎士服の胸ポケットに飴のような包を差し入れる。
「な?!」
急に懐に入られ驚くエルヴィンは、思わず剣を身構える。
ルナはそれをひらりとかわし、エルヴィンと再び距離を取った。
「困ったら、その飴を思い出してくださいね」
エルヴィンに向かってルナはそう言うと、踵を返す。
「待て……!」
背後でエルヴィンの静止する声が聞こえたが、ルナは振り返らずに、闇の中へと消えていった。
エルヴィンはその場に立ち尽くし、それ以上追いかけて来る様子は無かった。
「何カッコつけてるのさ」
「うっさいわね、あんたも何話してくれちゃってんのよ?」
闇に紛れ、エルヴィンを撒いたルナは、早足で家に向かいながら、テネと言い合いになる。
テネは先代の魔女、ルナの師匠にあたる人の頃からの使い魔で、師匠が亡くなってもルナに付き従ってくれている。
幼い頃から一緒にいるので、侍従関係というよりは、兄妹に近い感覚をルナは持っていた。現に、テネの方も師匠に対するのと違って、ルナには随分砕けた物言いで、容赦もない。
「彼、イケメンだったもんね」
「……顔は関係ないと思うけど」
テネの皮肉に、ルナは頬を膨らませて抗議する。
間合いを詰めて間近で見たエルヴィンは、月明かりに照らされた夕日のような淡いオレンジの髪と瞳がキラキラと綺麗だった。ルナにとって眩しくて羨望の色だった。
「確かにイケメンだったけど、彼が街の警備隊に左遷された理由を知ってるからあの飴をあげたのよ」
「その情報も僕がルナに教えたんだけどね」
「もー、やけに突っかかるなあ?」
ルナが説明をするも、テネはニヤニヤとルナを見上げる。
「僕はただ、イケメンだからって、近衛隊と近付きすぎるのはどうかな?って思っただけだよ」
「もー、だからイケメンなのは関係ないって……それに、今はこの街を守る警備隊員だよ」
先程の高台から離れ、王都の外壁を出るとすぐに森に出る。ルナの家は、森に入ってすぐの所にあった。
「よいしょ」
王都の外壁の検閲口は何ヶ所かあり、そこには門番が立っている。その門番も警備隊が務めているのだが、ルナは検閲口を使う訳では無い。
師匠の魔法で隠された外壁の穴を通って森に入る。見回りさえかわせば見つかることは無い。
「月の光はちゃんと取れた?」
「今日の分は充分でしょう。しばらく天気も続きそうだし、大丈夫かな」
「なら良いけど」
ルナは家の前までたどり着き、扉を開ける。
二年前、師匠のアリーが他界してから、テネと二人だけの生活になったこの家は、まだ寂しく感じる。
「……一人でもやるしかないもの」
「何? 弱音?」
扉を開け、まだ暗い部屋を見つめ、ルナがポツリと呟くと、テネは意地悪く言う。
「……ううん。立ち止まってなんていられないよね。私にはテネもいるし、大丈夫。それに、約束したから……」
ルナはテネに向かってにんまりと笑って言った。
一人ぼっちの魔女は寂しさを抱えながらも、前向きに生きていた。使い魔のテネと一緒に、ある使命を負っていた。
それはルナにしか出来ないことであり、この国のため、ルナのためでもあった。
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