一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う
10.一緒のススメ
「そんなことがあったなんて、旦那からも聞いてないよ」
翌日、いつも通りクロエの店に薬を納品したルナは、カウンターでお茶をご馳走になりながら昨日の出来事を話していた。
「え?! あの真面目なエルヴィンさんが報告してないの?」
「ああ。そんなことは一言も」
「ていうか、エルヴィンさんって、警備隊の仕事はしてないわけ? いつも単独で動いてるじゃん」
クロエの言葉にルナは口を尖らせながら頬杖をついた。
「討伐も見回りもちゃんとやってるよ。ただ最近は旦那も自由にさせてるみたいだね。何か考えがあるんじゃない?」
「……制御出来なくて諦めたんじゃないの?」
「手厳しいねえ」
ブーブー話すルナに、クロエは苦笑いで答える。
「警備隊も一枚岩じゃないからねえ。特にエルヴィンは元近衛隊ってだけで煙たがられてるし」
「聖魔法の使い手が警備隊にいるだけで心強いじゃない。そんなことでいがみ合ってる場合じゃないのに……」
「仕方無いよ。近衛隊は前線に出ないんだから」
『仕方無い』
この国民もその言葉で色んなことを諦めすぎている。
(私と違って、皆には未来があるんだから……)
「ルイードが国王になるのを待ってたらこの国は潰れてしまう。まあ、力を持ちすぎた宰相と教会を取り除かない限りは無理なんだけどね」
「自分たちさえ良ければ国の現状なんて見返りもしないものね」
ルナは10歳で王宮を出た。
兄のルイードは王宮から、ルナは街から。二人でこの国を変えよう、と約束をした。
「この前の魔物討伐も聖女の力のおかげということになってるよ」
カウンターの上に新聞をクロエが差し出す。一際大きな記事には、第一王女の姿絵と、『この国を救った聖女!』と見出しがある。
「この前のは、警備隊にも重症者が出たって……!」
エルヴィンが慌てて薬を探しに来た時のことだ。
新聞には、聖女の聖なる力のおかげで魔物が弱体化し、警備隊にも力を与えた、と記してある。
「わかってる人はわかってるよ。だからこそ余計に軋轢が生まれる」
クロエは苦い表情で新聞を見つめた。
この国の国民のほとんど、特に王都に住む民はとっくにわかって諦めている。でも、聖女を信じる派閥がいるのも確かだ。
その恩恵に預かる貴族、宰相に与するもの、そして情報が届かない辺境の領主たち。
だからこそ宰相と教会という癌を取り除く、という思い切ったことをしないと、この国は変われない。そんなこと、皆わかっている。わかっているけど、何も出来ないのだ。
(私は王女として、魔女の血を引くものとして、出来ることがある)
ルナがぐっと新聞を睨みつけていると、クロエがポンポン、と頭を撫でてくれた。
「でも、ルナの力とエルヴィンの相性が良いなら、一緒に何とか出来ないのかい?」
「へっ?!」
「だって、ルナ一人じゃ危ないし、腕の立つエルヴィンが一緒なら私も安心だよ」
クロエの提案にルナが驚くと、クロエはルナの頭を撫で続けながら優しい顔で言った。
「エルヴィンさんも私が守らなきゃいけない国民なんですけどっ……。それに、正体がバレたら困るし……」
テネにこんな話聞かせられないな、と思いながらルナはゴニョゴニョと淀む。
テネはいつも通り情報収集に出ている。それを見計らってクロエもエルヴィンの話をしているのだろう。
「エルヴィンだってこの国を守る騎士だよ。その中にルナ、あんただって入ってる」
言い聞かせるように、なだめるように優しい口調で話すクロエに、ルナは胸が温かくなる。
「悪いことは言わない。エルヴィンと行動しな。旦那にも言っとくから」
「そりゃ、エルヴィンさんがいてくれた方が戦力的にも助かるけど、テネが何ていうか……」
クロエの心からの心配は嬉しいが、テネが頷くかは厳しそうだ。
「僕は賛成だよ」
ルナが言い淀んでいると、にゃーん、とテネが裏口から現れる。
「いつもタイミング良いんだから……って、え?!」
いつも会話の良いタイミングで入ってくるテネに頬を膨らませながら、ルナはテネの言葉を反芻した。
「えっ?!」
「だから、僕はあのイケメン騎士の力を借りるの賛成だよ」
驚いて顔を近付けたルナを素通りし、テネはタシッとカウンターの椅子まで飛び移る。
「テネくん何だってー?」
テネを確認したクロエは、いつものようにテーブルにミルク皿を出す。
「いや、だって、近衛隊に近づくのは危険だって」
ペロペロとミルクを飲みだしたテネに、ルナは懐疑的な目を向ける。
「だってルナ一人より、あのイケメン騎士の力を借りた方が効率的じゃん。あっちだって、何でか一人で戦ってたし? あのイケメン騎士だけなら問題ないんじゃない?」
「えええ……」
ルナに説明をすると、テネはまたミルクに顔を向けて一心不乱にミルクを飲む。
「その様子じゃ、二人だけの討伐隊結成決まり、って感じ?」
ルナだけの受け答えで汲み取ったクロエがカウンター越しに、ニカッと笑った。
「決定って……、エルヴィンさんの意志とか何も聞いてないのに……」
「あの真面目くんならきっと大丈夫!」
「いやいや、真面目だからこそ、女性は危ないから駄目だとか言うでしょ……」
昨日、エルヴィンからは二度と危ない場所に来ないように念を押された。返事はしていないが。
「ふーん、あいつも紳士的な所あるじゃん」
「そういう問題?!」
とにかく、エルヴィンの力があったほうが良いのは確かだ。
エルヴィンにあって話さなければならない、そのことがルナの胸を騒がしくさせていた。
翌日、いつも通りクロエの店に薬を納品したルナは、カウンターでお茶をご馳走になりながら昨日の出来事を話していた。
「え?! あの真面目なエルヴィンさんが報告してないの?」
「ああ。そんなことは一言も」
「ていうか、エルヴィンさんって、警備隊の仕事はしてないわけ? いつも単独で動いてるじゃん」
クロエの言葉にルナは口を尖らせながら頬杖をついた。
「討伐も見回りもちゃんとやってるよ。ただ最近は旦那も自由にさせてるみたいだね。何か考えがあるんじゃない?」
「……制御出来なくて諦めたんじゃないの?」
「手厳しいねえ」
ブーブー話すルナに、クロエは苦笑いで答える。
「警備隊も一枚岩じゃないからねえ。特にエルヴィンは元近衛隊ってだけで煙たがられてるし」
「聖魔法の使い手が警備隊にいるだけで心強いじゃない。そんなことでいがみ合ってる場合じゃないのに……」
「仕方無いよ。近衛隊は前線に出ないんだから」
『仕方無い』
この国民もその言葉で色んなことを諦めすぎている。
(私と違って、皆には未来があるんだから……)
「ルイードが国王になるのを待ってたらこの国は潰れてしまう。まあ、力を持ちすぎた宰相と教会を取り除かない限りは無理なんだけどね」
「自分たちさえ良ければ国の現状なんて見返りもしないものね」
ルナは10歳で王宮を出た。
兄のルイードは王宮から、ルナは街から。二人でこの国を変えよう、と約束をした。
「この前の魔物討伐も聖女の力のおかげということになってるよ」
カウンターの上に新聞をクロエが差し出す。一際大きな記事には、第一王女の姿絵と、『この国を救った聖女!』と見出しがある。
「この前のは、警備隊にも重症者が出たって……!」
エルヴィンが慌てて薬を探しに来た時のことだ。
新聞には、聖女の聖なる力のおかげで魔物が弱体化し、警備隊にも力を与えた、と記してある。
「わかってる人はわかってるよ。だからこそ余計に軋轢が生まれる」
クロエは苦い表情で新聞を見つめた。
この国の国民のほとんど、特に王都に住む民はとっくにわかって諦めている。でも、聖女を信じる派閥がいるのも確かだ。
その恩恵に預かる貴族、宰相に与するもの、そして情報が届かない辺境の領主たち。
だからこそ宰相と教会という癌を取り除く、という思い切ったことをしないと、この国は変われない。そんなこと、皆わかっている。わかっているけど、何も出来ないのだ。
(私は王女として、魔女の血を引くものとして、出来ることがある)
ルナがぐっと新聞を睨みつけていると、クロエがポンポン、と頭を撫でてくれた。
「でも、ルナの力とエルヴィンの相性が良いなら、一緒に何とか出来ないのかい?」
「へっ?!」
「だって、ルナ一人じゃ危ないし、腕の立つエルヴィンが一緒なら私も安心だよ」
クロエの提案にルナが驚くと、クロエはルナの頭を撫で続けながら優しい顔で言った。
「エルヴィンさんも私が守らなきゃいけない国民なんですけどっ……。それに、正体がバレたら困るし……」
テネにこんな話聞かせられないな、と思いながらルナはゴニョゴニョと淀む。
テネはいつも通り情報収集に出ている。それを見計らってクロエもエルヴィンの話をしているのだろう。
「エルヴィンだってこの国を守る騎士だよ。その中にルナ、あんただって入ってる」
言い聞かせるように、なだめるように優しい口調で話すクロエに、ルナは胸が温かくなる。
「悪いことは言わない。エルヴィンと行動しな。旦那にも言っとくから」
「そりゃ、エルヴィンさんがいてくれた方が戦力的にも助かるけど、テネが何ていうか……」
クロエの心からの心配は嬉しいが、テネが頷くかは厳しそうだ。
「僕は賛成だよ」
ルナが言い淀んでいると、にゃーん、とテネが裏口から現れる。
「いつもタイミング良いんだから……って、え?!」
いつも会話の良いタイミングで入ってくるテネに頬を膨らませながら、ルナはテネの言葉を反芻した。
「えっ?!」
「だから、僕はあのイケメン騎士の力を借りるの賛成だよ」
驚いて顔を近付けたルナを素通りし、テネはタシッとカウンターの椅子まで飛び移る。
「テネくん何だってー?」
テネを確認したクロエは、いつものようにテーブルにミルク皿を出す。
「いや、だって、近衛隊に近づくのは危険だって」
ペロペロとミルクを飲みだしたテネに、ルナは懐疑的な目を向ける。
「だってルナ一人より、あのイケメン騎士の力を借りた方が効率的じゃん。あっちだって、何でか一人で戦ってたし? あのイケメン騎士だけなら問題ないんじゃない?」
「えええ……」
ルナに説明をすると、テネはまたミルクに顔を向けて一心不乱にミルクを飲む。
「その様子じゃ、二人だけの討伐隊結成決まり、って感じ?」
ルナだけの受け答えで汲み取ったクロエがカウンター越しに、ニカッと笑った。
「決定って……、エルヴィンさんの意志とか何も聞いてないのに……」
「あの真面目くんならきっと大丈夫!」
「いやいや、真面目だからこそ、女性は危ないから駄目だとか言うでしょ……」
昨日、エルヴィンからは二度と危ない場所に来ないように念を押された。返事はしていないが。
「ふーん、あいつも紳士的な所あるじゃん」
「そういう問題?!」
とにかく、エルヴィンの力があったほうが良いのは確かだ。
エルヴィンにあって話さなければならない、そのことがルナの胸を騒がしくさせていた。