一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う
16.お洒落と魔女と
「ねえテネ、変じゃない?」
小さな鏡の前で髪をまとめるルナは、横目でテネに聞いた。
「……あのスパゲッティ屋には行けないんじゃなかったの?」
ムスッとした表情でテネが言う。
数日前、エルヴィンと魔物討伐を終えたあと、食事に誘われた。もちろん、ルナは断るつもりだった。
「いや、つい……」
評判のスパゲッティ屋と聞いて、つい目を輝かせてしまった。憧れのスパゲッティ屋。すぐにあそこだとわかり、つい反応してしまった。
エルヴィンはルナのその表情を見逃しはせず、「決まりだな」と話を進めてしまった。
あれやこれやと話は決まり、ルナは翌日、クロエに急いで相談した。
夫のシモンとは本当に初対面だが、情報や警備の配置など、色々協力してもらっている。
クロエとは言わずもがな、旧知の仲だ。
しかし、話を合わせて初対面で押し通すことにした。そしてシモンとクロエの顔利きで、その日はスパゲッティ屋を貸し切りにしてもらえることになった。
自分とクロエとの関わりを周囲に知られたくないルナにとって、それが行く一番の決め手となった。
クロエに迷惑がかかるくらいなら、体調不良とか何とか言って、ドタキャンすることも考えていた。
夕日色の淡いよそ行きワンピースを着たルナは、小さな鏡を遠くから一生懸命見ながらくるりと回る。
初めてのよそ行き。おろしたてのワンピース。普段は動きやすくて汚れても構わないものだけど、これは汚してはいけない。
クロエにもらったばかりの一張羅の初お目見えに、ルナの頬が緩む。
「……浮かれてるねえ」
ジト目のテネがぼやく。
「だって! あのスパゲッティ屋にまた行けるなんて! 夢みたいで!」
アリーと行った思い出の場所。あの味がルナは忘れられない。
「まあ、たまには良いんじゃない? ルナ、頑張ってるし……」
プイ、と顔を背けて話すテネに、ルナは笑みが溢れる。
「仲間はずれにしてごめんね、テネ! お土産買ってくるから!」
「……浮かれすぎないようにね」
釘をさすようにテネが言うと、ルナも元気よく「はーい」と返事をした。
食事会はこれまたクロエたちの計らいで、夜に、ということになった。
いつもよりおめかしを済ませたルナは、テネに日が沈んだのを確認してもらい、いつもの外套を羽織る。
「せっかくおめかししたのに、いつも通りじゃん」
「うるさいな、外套は必須でしょ」
身を隠すように生きてきたルナにとって、染み付いてしまった習慣を急には変えられない。
「くれぐれも気を付けてね」
「わかってるよ」
テネの小言をあしらい、ルナは外套のフードを被る。そして足早にエルヴィンとの待ち合わせ場所へと向かった。
警備隊のお礼、という名目の食事会は、シモン夫妻と初対面のルナを考慮して、店までエルヴィンがエスコートすることになっていた。
待ち合わせ場所は街の中心に建てられた聖女の像の前で。
国民の聖女信仰は薄いが、表立ってそんなことを言うものはいない。聖女像も大切に扱われている。そして、大きく目立つため、待ち合わせスポットにもなっていた。
(うーん、いつ見ても立派な像。あの子、大人たちに利用されて大丈夫かしら?)
妹のルイーズはルナの一つ下で、義母の一人娘なので義妹にあたる。
魔女の力が発現してからは王宮の奥深くに隠されていたルナは、幼い頃のルイーズしか知らない。
力を持った教会や宰相に国の象徴として聖女として持ち上げられ、本人も我儘放題だと聞く。
ルイーズの逆鱗に触れてクビになった有能な家臣たちは何人にのぼるか。エルヴィンもその犠牲の一人だ。
「ルナ、待たせたか?」
聖女像を見上げながら考え事をしていると後ろからエルヴィンに声をかけられる。
「ううん、今来たところです……」
振り返ると、いつもと同じ警備隊の制服を来たエルヴィンが立っていた。
「あれっ?」
「うん?」
(お食事会……だよね?)
いつもと変わらないエルヴィンにルナは不安になる。お洒落してきた自分が馬鹿みたいだ。しかしそんなルナを気にせず、エルヴィンは「じゃあ行こうか」とルナを促して歩き出した。
待ち合わせ場所からお店までは歩いてすぐなので、特に会話もなく辿り着いた。でも短いその距離でも、ルナを守るように気を配りながら歩くエルヴィンに、ルナはくすぐったい気持ちになった。
「いらっしゃいませ」
『貸し切り』と出されたプレートのドアをエルヴィンが開けると、呆れた声が飛び込んできた。
「おまっ……、食事会だぞ?! 何だその格好?!」
「今日は隊としての謝礼ですし、制服は公の場でも通用する物です。それに、彼女を護衛するのにこの格好は都合が良いですし……。問題ありましたか?」
いつも通りだけど、ルナを護衛するためでもあったと知り、ルナは顔が赤くなる。
(真面目なエルヴィンさんらしいけど、嬉しい……)
「はいはい、問題ありませんよ!」
投げやりに答えた男性は、30代くらいで緑の短髪をガシガシと手でかいた。
がっちりとした体格だが、それにあったスーツを着こなし、人当たり良さそうな顔をしている。その優しい緑色の瞳がルナを見つけると、ニカッと笑って言った。
「薬師さんですね? 初めまして、シモン・エモニエ、警備隊の隊長です」
小さな鏡の前で髪をまとめるルナは、横目でテネに聞いた。
「……あのスパゲッティ屋には行けないんじゃなかったの?」
ムスッとした表情でテネが言う。
数日前、エルヴィンと魔物討伐を終えたあと、食事に誘われた。もちろん、ルナは断るつもりだった。
「いや、つい……」
評判のスパゲッティ屋と聞いて、つい目を輝かせてしまった。憧れのスパゲッティ屋。すぐにあそこだとわかり、つい反応してしまった。
エルヴィンはルナのその表情を見逃しはせず、「決まりだな」と話を進めてしまった。
あれやこれやと話は決まり、ルナは翌日、クロエに急いで相談した。
夫のシモンとは本当に初対面だが、情報や警備の配置など、色々協力してもらっている。
クロエとは言わずもがな、旧知の仲だ。
しかし、話を合わせて初対面で押し通すことにした。そしてシモンとクロエの顔利きで、その日はスパゲッティ屋を貸し切りにしてもらえることになった。
自分とクロエとの関わりを周囲に知られたくないルナにとって、それが行く一番の決め手となった。
クロエに迷惑がかかるくらいなら、体調不良とか何とか言って、ドタキャンすることも考えていた。
夕日色の淡いよそ行きワンピースを着たルナは、小さな鏡を遠くから一生懸命見ながらくるりと回る。
初めてのよそ行き。おろしたてのワンピース。普段は動きやすくて汚れても構わないものだけど、これは汚してはいけない。
クロエにもらったばかりの一張羅の初お目見えに、ルナの頬が緩む。
「……浮かれてるねえ」
ジト目のテネがぼやく。
「だって! あのスパゲッティ屋にまた行けるなんて! 夢みたいで!」
アリーと行った思い出の場所。あの味がルナは忘れられない。
「まあ、たまには良いんじゃない? ルナ、頑張ってるし……」
プイ、と顔を背けて話すテネに、ルナは笑みが溢れる。
「仲間はずれにしてごめんね、テネ! お土産買ってくるから!」
「……浮かれすぎないようにね」
釘をさすようにテネが言うと、ルナも元気よく「はーい」と返事をした。
食事会はこれまたクロエたちの計らいで、夜に、ということになった。
いつもよりおめかしを済ませたルナは、テネに日が沈んだのを確認してもらい、いつもの外套を羽織る。
「せっかくおめかししたのに、いつも通りじゃん」
「うるさいな、外套は必須でしょ」
身を隠すように生きてきたルナにとって、染み付いてしまった習慣を急には変えられない。
「くれぐれも気を付けてね」
「わかってるよ」
テネの小言をあしらい、ルナは外套のフードを被る。そして足早にエルヴィンとの待ち合わせ場所へと向かった。
警備隊のお礼、という名目の食事会は、シモン夫妻と初対面のルナを考慮して、店までエルヴィンがエスコートすることになっていた。
待ち合わせ場所は街の中心に建てられた聖女の像の前で。
国民の聖女信仰は薄いが、表立ってそんなことを言うものはいない。聖女像も大切に扱われている。そして、大きく目立つため、待ち合わせスポットにもなっていた。
(うーん、いつ見ても立派な像。あの子、大人たちに利用されて大丈夫かしら?)
妹のルイーズはルナの一つ下で、義母の一人娘なので義妹にあたる。
魔女の力が発現してからは王宮の奥深くに隠されていたルナは、幼い頃のルイーズしか知らない。
力を持った教会や宰相に国の象徴として聖女として持ち上げられ、本人も我儘放題だと聞く。
ルイーズの逆鱗に触れてクビになった有能な家臣たちは何人にのぼるか。エルヴィンもその犠牲の一人だ。
「ルナ、待たせたか?」
聖女像を見上げながら考え事をしていると後ろからエルヴィンに声をかけられる。
「ううん、今来たところです……」
振り返ると、いつもと同じ警備隊の制服を来たエルヴィンが立っていた。
「あれっ?」
「うん?」
(お食事会……だよね?)
いつもと変わらないエルヴィンにルナは不安になる。お洒落してきた自分が馬鹿みたいだ。しかしそんなルナを気にせず、エルヴィンは「じゃあ行こうか」とルナを促して歩き出した。
待ち合わせ場所からお店までは歩いてすぐなので、特に会話もなく辿り着いた。でも短いその距離でも、ルナを守るように気を配りながら歩くエルヴィンに、ルナはくすぐったい気持ちになった。
「いらっしゃいませ」
『貸し切り』と出されたプレートのドアをエルヴィンが開けると、呆れた声が飛び込んできた。
「おまっ……、食事会だぞ?! 何だその格好?!」
「今日は隊としての謝礼ですし、制服は公の場でも通用する物です。それに、彼女を護衛するのにこの格好は都合が良いですし……。問題ありましたか?」
いつも通りだけど、ルナを護衛するためでもあったと知り、ルナは顔が赤くなる。
(真面目なエルヴィンさんらしいけど、嬉しい……)
「はいはい、問題ありませんよ!」
投げやりに答えた男性は、30代くらいで緑の短髪をガシガシと手でかいた。
がっちりとした体格だが、それにあったスーツを着こなし、人当たり良さそうな顔をしている。その優しい緑色の瞳がルナを見つけると、ニカッと笑って言った。
「薬師さんですね? 初めまして、シモン・エモニエ、警備隊の隊長です」