一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

8.約束と決意

「あのイケメン騎士が魔物が活発化してるって言ってたじゃない?」
「エルヴィンさんね」

 どうしてもイケメンであることを強調したいテネにあえてルナが名前を言うも、テネはスルーして話を続ける。

「魔物は人間の負の感情に比例して凶暴化する。厳しい税収に押さえつけられた国民の感情は、魔物という形で爆発しようとしているのさ」
「そんな……せっかく地道に鎮静してきたのに……」

 ルナは月の光の力を借りて、魔物の闇の力をその身に取り込み、鎮静する。アリーから教わった魔女に伝わる方法だ。魔女の血が流れる者にしか出来ない。

「やっぱり私一人の力じゃ抑えきれないんだわ」

 昔は魔女が沢山いた。だからこそ多くの魔物を鎮静出来ていた。月の光が届かない時期は聖魔法の使い手である近衛隊を中心に、国の騎士団総出で魔物から国が守られていた。

 国の危険も、魔女への代償(・・)も少なくて済んだ。

「近衛隊の人事権はルイにあるけど、表立って動かせないのが痛いね。でも、あのイケメン騎士が聖女の不興を買ったのはタイミング良かったよね」
「何で?」
「あのイケメン騎士、希少な聖魔法の使い手でしょ? 前線にいる警備隊に聖魔法の使い手を送れたのは現状を打破するのには良い手だと思うよ」

 ルナの疑問にテネはスラスラと答えていく。

「ねえ、やたら詳しいけど、まさか……」
「ああ、今日、ルイに会ったからね」
「お兄様に?!」

 恐る恐るルナが聞けば、テネはあっさりと答えるので、驚愕する。

「まあ、ルイに僕の声は届かないから、独り言を聞いているだけだったけど」
「そんな危険な真似……」

 ルイは恐れられた王太子だが、王城はあの宰相が幅を利かせている。いつどんな行動が命取りになるかわからない。

「君だけを危険な道に進ませるつもりはない。俺たちは常に同じ未来に向かって歩いている」
「え……?」

 テネの言葉に、ルナの瞳が揺れる。

「ルイからルナに」

 一人じゃない、兄はルナにそう伝えてくれているようだった。

 アリーがいなくなってから、寂しくて悲しくて、まるでこの世界にたった一人のような感覚さえ覚えることがあった。

 でも、兄からの伝言は、そんなルナの心をもう一度強くしてくれた。

「で、こっからが本題」

 涙をぐっと我慢するルナに、テネは真剣な表情で続ける。

「ルナの鎮静の力を、直接魔物が生まれる土地に先回りして流し込もう。凶暴化する前に先回り出来れば……」
「やるしかないよね」

 テネの言葉にルナは頷いた。

 今までも魔物を鎮静させるために危ないことはあった。そのために身軽にかわす技をアリーから学んだ。でも、数が増えている以上、今まで以上に危険な行為になる。

「ただでさえ力が足りなくて警備隊に被害が出てるんだもの……私がやらないと」

 ルナは胸の前で拳をぎゅう、と握りしめる。

「僕が気配を辿るから、今日の夜から動くよ」
「うん……!」

 この国を魔物からも、腐敗した貴族からも守る。そのためにお互い何としても生き延びる。

 兄とした約束を胸に、ルナは強い瞳でテネに頷いた。

 兄との約束もそうだが、師匠であるアリーの望みでもある。魔女一族は虐げられたのに、アリーはこの国の人たちを想い、平和を願っていた。

 時々投げ出してしまいそうになるくらいの怒りがルナの中にこみ上げるが、王女としての使命がルナを思い留まらせていた。

 それからいつものように日が沈むまで製薬をした。

 クロエへの納品は早足で済ませ、いつもの高台に急ぐ。月の光の力はルナにとって必須だ。

 高台への階段を登りきり、辺りを見渡すと、シンと静まり返っている。いつもの光景なのに、今日は何だか物足りない。

「今日はあのイケメン騎士いないね」
「んなっ?!」

 確かに、エルヴィンがいないかとルナは期待した。見透かされたようで恥ずかしい。

「ルナ?」
「わかってる。急がないと」

 急かされるように名前を呼ばれ、ルナは月に手をかざす。

 今日もよく晴れ渡り、月がよく見える。満月に向かって丸みを帯びていく月の光はルナにキラキラと降り注ぐ。

「よし」

 薬の分は小瓶に詰め、自身の身体にめいいっぱい光を蓄えたルナは、頬をパン、と叩いた。

「気を引き締めて行くよ」

 ルナの合図で、ここから近い穢れた土地に向かって二人は走り出した。

 警備隊の巡回ルートを回避しながら、目的地まで進む。人の負の感情をはらんだ穢れは、街のすぐ近く、人気のない所に淀みを作り、魔物が生まれる。

 今までは生まれた魔物を鎮めて来たが、生まれる前に土地そのものを鎮静する。初めての試みに、ルナは緊張で手に汗が滲む。

「何あれ!」

 目的地の近くまで来ると、ルナはすぐに異変に気付く。

 黒い影のようなものが竜巻のように上に突き上げている。

「遅かった! もう魔物が生まれてしまっているみたいだ!」

 テネが焦りながらその足を早める。ルナも急いでその近くへと走り寄る。

 キン、キン、と剣を鳴らす音が聞こえる。

「エルヴィンさん?!」

 黒い影の竜巻からは、少しずつ魔物が生まれ出ている。すでに生まれた魔物と対峙していたのは、あのエルヴィンだった。
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