その恋、まぜるなキケン
真紘が晃と部屋を出ると、初めて見る女性が前から歩いて来た。


「あら、お帰りかしら?」


すごく綺麗だがきっと年齢は50、いや60代かもしれない。


真紘を品定めするように上から下までジロジロと見ている。


「ねぇ、こんなののどこがいいの?寝る女は選びなさい。私の育て方が悪かったみたいじゃない」


「……壊れない玩具(おもちゃ)って、かなり貴重なんですよ」


晃がそう言うと、女性は鼻で笑って去って行った。


彼女の口ぶりから、あれが極道の妻であり、晃の母親であることはすぐに分かった。


「お母さん……随分クールな人なのね」


「……昔からあんな感じだから、特に何も思わねぇよ」


背中を見つめながらそう言った彼が、まるで母親を恋しがる子供のように見えて、真紘はほんの少しだけ切ない気持ちになった。


真紘が晃と関係をもつようになって気づいたことがある。


確かに彼の言動はまともではないし、いくつもの犯罪行為を重ねてきた正真正銘のヤクザだ。


でも、少なくとも真紘の前では殺人者の冷酷な顔は一度も見せていない。


彼が将也を殺したのは事実だったとしても、そこまで強い殺意を抱いていたとはどうしても思えなかった。


真紘には、無理矢理虚勢を張って相手を威嚇し、必死に悲しみや恐怖、そして寂しさを隠そうと、紛らわそうとしているように見えてしまう。


旭のことを異様に意識しているのは、兄の将也が彼に目をかけていると思い、寂しかったんじゃないだろうか。


若頭に固執するのも、そうしないと母親が自分を見てくれないと悟ったのかもしれない。


たった一瞬彼と母親のやりとりを見ただけで、彼がどんな子供時代を送って来たのかなんとなく想像がついた。


もしこの仮説が正しいのであれば、将也を殺すように彼を唆した人物がいることになる。


そして残念ながら、それが彼の母親だと考えるのが一番自然だった。


晃の行いは決して許されるものではないが、彼のこれまでの生い立ちに思いを馳せると、彼を悪として切り捨てるのはあまりにも哀れな気がした——。
< 108 / 140 >

この作品をシェア

pagetop