角砂糖が溶けるように

4-2 修学旅行の行き先

 新しいクラスは玄関前に掲示されていた。麻奈美より早くに登校してきた生徒たちが、友人と同じクラスになったことを喜んだり、厳しい担任に当たった生徒はため息をついたりしていた。昨年度は編入クラスだった麻奈美は、今年から他の生徒たちと同じクラスになる。一クラス三十人ほどのうち、単純計算すると、十クラスの中で編入組はそれぞれたった数人だ。
「おーい、麻奈美ー!」
 掲示板の前の人だかりから、修二の声がした。
「ああ……おはよう」
「やっぱり、こうなる運命なんだな!」
「……は?」
 修二が指す掲示板のほうを見ると、そこにあったのは『片平修二』という名前。と、その下に並んで『川瀬麻奈美』という見慣れた文字が──。
「もしかして、同じクラスなの?」
「そうそう! 今年は修学旅行があるし、楽しみだな!」
 修二はそう言いながら、友人たちに呼ばれて校舎の中へ入って行った。
(全然、楽しみじゃないから……)
 数人のうち二人が自分と修二なら他はみんな違うクラスだろう、と麻奈美は思ったが、千秋と芳恵も同じクラスだった。残念ながら、芳恵の彼氏の矢原光輔とは別のクラスになっていたが、隣のクラスなので特に問題はなさそうだった。
 教室に入ってホームルームがあり、始業式を講堂で済ませて再び教室に戻ってきた。しばらくすると席替えがあるとは思うが、麻奈美の前の席には修二が座っている。休み時間となればすぐに振り返り、麻奈美は逃げる隙を見つけられなかった。
「私は修二とは違うところに行きたいな」
「なんでだよ。俺は同じところに行きたいよ」
 ホームルームで配られた行事予定を見ての麻奈美と修二の会話。修学旅行の行き先候補は北海道と沖縄、それから今年は希望者が多ければ韓国も選択できるようになったと聞いた。
「修学旅行も楽しみだけど、今年は教育実習生が来るよねー!」
 麻奈美が落ち込んでいる隣で千秋が笑った。
 教育実習は星城でも実施されているが、昨年は編入クラスで授業が難しかったため、麻奈美のクラスには実習生は来なかった。他のクラスの生徒たちが、実習生と楽しそうに話しているのを見たことがあった。
「美人の先生が来たら勉強も捗るんだけどなぁ」
「それはそれで逆なんじゃないの? 勉強より先生が気になって──」
「あー! 撤回! 麻奈美がいるのに、俺、何言ってんだ」
「私は別に、修二が誰を好きになろうと気にしないけど」
 という麻奈美の言葉を修二は聞いておらず、すでに荷物を持って教室を出て行ってしまっていた。教室に残った麻奈美と友人たちは、ひとつ溜息をついた。
「やっぱ、麻奈美ちゃん、まだ気になってるんだね」
 千秋のその言葉に、麻奈美は遠くを見た。それが芝原のことを指しているとわかったのは、彼のことしか考えていないからだった。
「思いきって告白しちゃえば?」
「え……、ええ? なんで?」
「だって、好きなんでしょ?」
「だからって、そんな……無理だよ。向こうは大人だし、それに──」
 最近の芝原は以前のような元気はなく、いつも辛そうな顔をしていた。麻奈美が話しかけた時は笑顔を返してくれてはいるが、それもなぜかぎこちなかった。楽しい話や嬉しい話、ましてや告白なんて出来る雰囲気ではなかった。
「好きな人がいるって、聞いただけで、どんな人か知らないんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ねぇ、バレンタインはチョコあげたんでしょ?」
 そのことは、去年のうちに友人たちにも話していた。大夢の客に渡す分を買う時に芝原の分も用意した、ということにしておいた。大筋では、間違っていない。
「ホワイトデーは?」
「……もらったよ。でも、そのとき、言われたから──あいにく僕は彼氏じゃないけど、って。私とは仲良くしてくれてるけど、きっと、その人のほうが好きなんだよ」
 芝原にそう言われてから、麻奈美はずっと元気なフリをしていた。彼氏じゃない、彼氏になれない、そう言われた気がして、自然な笑顔は作れなかった。だから余計、元気なフリをしていた。そうしないと、大夢にはいられなかった。
「ね、それより、修学旅行、沖縄にしない?」
「沖縄かぁ。確か、離島に行く日があったね」
「北海道の大自然も良いけど、麻奈美ちゃんには沖縄しかないでしょ」
「え、どういう意味?」
「なんとなくだけど。ほら、沖縄タイムってすごいのんびりしてるじゃない? そこで過ごす方が、麻奈美ちゃんに効きそうなきがする」
 確かに今の麻奈美はストレスの塊だった。もちろん、学校で友人たちに会ったり、大夢で過ごしたりする時間は本当に楽しい。ひとりの時間は少なくても、毎日が充実していた。けれど、友人たちからは彼氏との楽しい話を聞かされて、大夢で会う芝原との距離は縮む気配はほとんどなくて、いつの間にか麻奈美はストレスをため込んでしまっていた。
 それから毎日のように、修二は麻奈美に聞いてきた。
「修学旅行、どこにする?」
 その度に、麻奈美は彼に冷たくした。
「言っとくけど、私は修二と一緒に行動する気はないよ。女同士で楽しく過ごすって、決めたんだから」
「そうそう、だから俺も芳恵とは違うとこ行くんだ。なぁ修二、韓国で焼き肉食べよう」
 突然現れた矢原光輔は、修二を連れて外に出て行ってしまった。修学旅行を沖縄にして麻奈美のストレスを出来るだけ減らす、という計画を芳恵が場所は秘密で話してくれていて、光輔はそれに協力してくれていた。芳恵と一緒にいられないのを寂しそうにしていたが、デート回数を増やすことで了承してくれたらしい。
「男子たちで、韓国行きの希望がけっこういるんだって」
 そしてしばらくのうちに旅行先が全員決定した。人数はだいたい、各地で同じくらいに三分されたらしい。修二は麻奈美と別行動になっていることが不満そうだったが、麻奈美の心は少し晴れていた。
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