角砂糖が溶けるように

5-8 本気の恋

 数日後、最終的にクラスの出し物として決定したのは。
「ちょっと季節外れじゃない?」
 という意見が出ていたにもかかわらず、夏の定番『お化け屋敷』だった。修二はやはり、麻奈美と劇をしたいと言ってうるさくしていたが、いつの間にかお化け屋敷賛成に一票を投じていた。ちなみに、最終的に劇を希望した生徒はゼロ。
「あんなに劇をやりたがってたのに、どうしたんだろうね」
「さぁ。あ、もしかして──」
「俺は麻奈美と一緒に入るからな」
 そんなことを言う修二に刺さる麻奈美の視線はものすごく痛かった。
「な、なんだよ……松田さんまで、その目、なに?」
「別に。たださ、片平君、言っても無駄だと思うよ」
 それは修二にも分かっていた。
 自分を見ている麻奈美の目が、いつもに増して冷たい。
「麻奈美ちゃんは、例の大学生と結婚するんだから」
「えっ、本当なのか?」
「ちょっと待って、そんなこと言ってないよ?」
 驚く二人を前に、千秋は、ははは、と笑った。
 隣で黙って聞いている芳恵にも、麻奈美と大学生のことは粗方伝えられていた──それが芝原だという事実は隠して。
「私の希望だけどね。話を聞いてる限りでは、ものすごい仲良しだよ。いつも一緒にいるし、それにもう、抱きしめられ」
「それは、事情が……」
「なにぃー?」
 千秋の最後の一言は修二には大打撃だったらしい。
 麻奈美の前に立ち尽くし、ぽかんと口を開けていた。
「いつの間に……確か、ここの卒業生だよなぁ?」
「──そうだけど」
「俺じゃ、ダメなのか……?」
 今にも泣きそうな修二に、麻奈美はしばらく何も答えなかった。
 それを『ダメ』だと判断したのか、修二はやがて、ふっ、と笑った。
「わかったよ。そんなに俺がダメなのか」
「ダメっていうか──」
「本気の恋だもんね、麻奈美ちゃん」
「ほんき……うん」
「ほら、麻奈美ちゃん、その顔!」
「え……なに?」
「顔に書いてあるよ、私、恋してます、って」
「えっ……!」
 と言って慌てながら、麻奈美は自分の緩んだ顔を元に戻した。
 友人たちとの会話には一応参加していたが、考えていたのはずっと芝原のことだった。
「麻奈美がそんなに、そいつを好きなら、俺は引くよ」
「片平君、本当に? 諦めるの?」
 芳恵が聞くと、修二は短く「ああ」と言った。
「諦めて、どうするの?」
 そのまま関わりも減らしてくれれば麻奈美はありがたかったのだけれど。
「そいつのこと、詳しく教えてくれ。協力してやる」
「は?」
「俺が引くって言ってやってんだから、せめて何か教えろよ」
 本当のことを知っているのが千秋だけでいいのだろうか、と思ったことはある。同じく仲良しの芳恵にも教えてあげたい気持ちはある。修二に言うつもりは今までなかったが、来年、芝原が教師として星城高校に現われた時のためには、知っている方が良いのかもしれない。
 それでもやはり、麻奈美は芝原の立場を考え、言うのは躊躇った。
 自分がもし逆の立場だったら、知られてしまうと困惑する。
「彼に、迷惑になったら嫌だから、言えないよ」
 芝原にはずっと前から好きな人がいる。
 今回も、麻奈美が言ってしまっただけで、彼の返事はもらっていない。
 大夢ではいつも通り話していても、思い出して時々照れてしまう。
「大学の何年だよ?」
「四年。だから今年卒業して、来年から社会人」
「どこの大学?」
「それは──」
 言いかけて、麻奈美は口を閉じた。
 星城大学だと言ってしまって良いのだろうか。もちろん、星城学園で内部進学する生徒は少なくないけれど。
「ねぇ、麻奈美ちゃん、言ったほうが楽になるんじゃないの?」
「千秋ちゃん──知ってるの?」
「うん、最初はね、なんとなくそんな気がして……麻奈美ちゃんに確かめたら、そうだ、って言ったから、いろいろ聞きだしたの。麻奈美ちゃんが秘密にしてって言うから私も誰にも言わないつもりだったけど、言ったほうがいいと思うよ。今後のためにも」
「今後のため……来年、だよね」
 来年、芝原は教師になってこの高校にやってくる。
 大学見学で見た時も、教育実習に来た時も、女子生徒の騒ぎ方が半端ではなかった。教師になって常に校内にいれば、芝原に憧れる生徒は少なくない──たとえ生徒と教師の恋愛は難しいといわれている星城でも。
 ふぅ──っ、と長いため息をつき、麻奈美は口を開いた。
「わかった。教えてあげるよ、その人のこと」
 それを聞くと、修二は「よし!」と言って麻奈美に向き直った。
「その代わり、絶対、言ったらダメだからね。それから、ビックリしても、大声出したらダメだよ」
「ああ。わかった」
 机を囲むように向き合っている友人たちの真ん中で、麻奈美はその名前を呟いた。
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