角砂糖が溶けるように
6-8 包まれた心
「ええ、確か忘れ物を取りに行くって……」
その夜、平太郎が珍しく川瀬家に来ていた。麻奈美が大夢に来た理由がわからず、光恵に聞こうと思ったらしい。
「何を取りに来たんだ?」
「さぁ……手ぶらで帰ってきたのよね。そのまま部屋に籠っちゃって」
心配になって部屋に見に行くと麻奈美はベッドに潜っていた、と光恵は言った。
「お店で何かあったの?」
「修二君たちが芝原と話してて、それを聞いたらしいな。よりによって、芝原が……麻奈美はダメだと言ってるときにね」
「それはショックよ……」
麻奈美が店を飛び出したあと、平太郎は割れた食器を片づけた。芝原が手伝いに来て、割れた食器の破片を見つめていた。
「麻奈美は、しばらくお店に戻らないでしょうね」
「そうだろうな。まったく、あいつもひどいこと言うな」
「麻奈美の彼氏が芝原さんだったら、私は大歓迎なんだけどなぁ」
「こら、また、それは麻奈美が決めることだろう。まぁ、それは、ダメみたいだけどな……あいつも何を考えてるんだか」
平太郎は深いため息をついた。
「あれほど麻奈美を泣かすなと言っておいたのに」
「バカ……みんな、大っ嫌い……」
自室のベッドにもぐりこんで、麻奈美は呟いた。
大夢を飛び出して走っていると、ぽつぽつと雨が降り出した。けれど傘は持っていなかったし、濡れることを気にする余裕もなかった。そのまま家まで走り続け、そのままベッドに飛び込んだ。
「ゴホンッ……寒い……」
横に除けていた毛布を広げ、布団の上に掛けた。起きているのも辛いので、眠ることにした。部屋の電気を消してから、再び布団を頭まで被せた。
麻奈美が目を覚ましたのは、それから数時間後だった。
晩ご飯の時間になっても麻奈美が下りて来ないので、光恵が様子を見に来た。
「麻奈美、起きなさい。晩ご飯よ」
「うん……寒い……」
「あら? 顔色が──熱があるわね……」
麻奈美は風邪をひいてしまっていた。
「晩ご飯、いらない」
「ダメよ、食べないと。薬飲んで、すぐに寝なさい」
そう言いながら光恵が麻奈美に上着を渡すと、階下で電話が鳴るのが聞こえた。麻奈美にはすぐに降りてくるように言って、光恵は鳴り続ける電話の呼び出し音に「はーい」と叫んだ。
麻奈美はゆっくり階段を降りながら、光恵の声を聞いた。
「あら、こんにちは──ちょっと待ってね」
保留ボタンを押してから、光恵は麻奈美を呼んだ。
「電話よ、芝原さんから」
「──出たくない」
麻奈美は電話から遠ざかり、近くのソファに座った。光恵はしばらく考えてから、再び受話器を取った。
「もしもし、ごめんなさいね、体調悪くて寝ちゃったみたいで……ううん、ただの風邪だと思うわ。──それは、私からは何とも──ううん、気持ちだけで充分よ」
最後にもう一度「ごめんなさいね」と言ってから、光恵は受話器を置いた。
「お見舞いに来たいって言ってたけど」
「……いらない」
「そう言うと思って、断っといたわ。だけど、本当に心配してたわよ」
「言うだけだよ。それから、使うだけ」
(どうせ教師になるために、私を使っただけなんだから……!)
麻奈美は芝原の話をそれ以上せず、晩ご飯をいつもより少なめに食べた。
それから家に置いてあった市販の薬を飲んでから、再びベッドに入った。
明日には良くなってるだろうか。
友人たちとも普通に話せるだろうか。
そんなことを考えているうちに、麻奈美はやがて眠りについた。
翌朝、麻奈美はいつも通りに目を覚ました。これなら学校にも行けるだろうと思い身体を起こしたところで、激しい頭痛に襲われた。
「イタタタタ……ダメだ、フラフラする……」
とりあえず顔を洗って朝ごはんを食べよう、と階段を下り、テーブルの上に綺麗に包装された箱を見つけた。昨日の夜にはなかったはずだ。
「お母さん、これ、なに?」
「ああ、それね。昨日、麻奈美が寝てから芝原さんが来てくれたのよ」
その名前を聞くだけで軽くめまいがして、麻奈美は椅子に座った。
「麻奈美は本当に寝ちゃってたし、芝原さんも、会わないほうが良いだろう、って……玄関で話しただけなんだけどね。お大事に、って、それ麻奈美に」
光恵は楽しそうに朝食の支度をしていた。
麻奈美は光恵と芝原の会話を聞こうとはせず、しばらく包みを見つめていた。
「中身が何かは聞いてないんだけど、ちょっと重いのよねぇ……」
開けるか開けるまいか悩んでから、麻奈美はとりあえず、開けることにした。綺麗に結んであるリボンをほどいて、包装紙も外して箱を開けた。
「え──、これ……」
麻奈美は中身を取り出して、両手で持ち上げた。
「どうして、こんなこと……」
「何が入ってたの?」
料理していた手を止めて、光恵が聞いた。
「お母さん、私、どうしたらいいの……」
芝原からの贈り物を掴んだまま、麻奈美はまた、泣いてしまった。
その夜、平太郎が珍しく川瀬家に来ていた。麻奈美が大夢に来た理由がわからず、光恵に聞こうと思ったらしい。
「何を取りに来たんだ?」
「さぁ……手ぶらで帰ってきたのよね。そのまま部屋に籠っちゃって」
心配になって部屋に見に行くと麻奈美はベッドに潜っていた、と光恵は言った。
「お店で何かあったの?」
「修二君たちが芝原と話してて、それを聞いたらしいな。よりによって、芝原が……麻奈美はダメだと言ってるときにね」
「それはショックよ……」
麻奈美が店を飛び出したあと、平太郎は割れた食器を片づけた。芝原が手伝いに来て、割れた食器の破片を見つめていた。
「麻奈美は、しばらくお店に戻らないでしょうね」
「そうだろうな。まったく、あいつもひどいこと言うな」
「麻奈美の彼氏が芝原さんだったら、私は大歓迎なんだけどなぁ」
「こら、また、それは麻奈美が決めることだろう。まぁ、それは、ダメみたいだけどな……あいつも何を考えてるんだか」
平太郎は深いため息をついた。
「あれほど麻奈美を泣かすなと言っておいたのに」
「バカ……みんな、大っ嫌い……」
自室のベッドにもぐりこんで、麻奈美は呟いた。
大夢を飛び出して走っていると、ぽつぽつと雨が降り出した。けれど傘は持っていなかったし、濡れることを気にする余裕もなかった。そのまま家まで走り続け、そのままベッドに飛び込んだ。
「ゴホンッ……寒い……」
横に除けていた毛布を広げ、布団の上に掛けた。起きているのも辛いので、眠ることにした。部屋の電気を消してから、再び布団を頭まで被せた。
麻奈美が目を覚ましたのは、それから数時間後だった。
晩ご飯の時間になっても麻奈美が下りて来ないので、光恵が様子を見に来た。
「麻奈美、起きなさい。晩ご飯よ」
「うん……寒い……」
「あら? 顔色が──熱があるわね……」
麻奈美は風邪をひいてしまっていた。
「晩ご飯、いらない」
「ダメよ、食べないと。薬飲んで、すぐに寝なさい」
そう言いながら光恵が麻奈美に上着を渡すと、階下で電話が鳴るのが聞こえた。麻奈美にはすぐに降りてくるように言って、光恵は鳴り続ける電話の呼び出し音に「はーい」と叫んだ。
麻奈美はゆっくり階段を降りながら、光恵の声を聞いた。
「あら、こんにちは──ちょっと待ってね」
保留ボタンを押してから、光恵は麻奈美を呼んだ。
「電話よ、芝原さんから」
「──出たくない」
麻奈美は電話から遠ざかり、近くのソファに座った。光恵はしばらく考えてから、再び受話器を取った。
「もしもし、ごめんなさいね、体調悪くて寝ちゃったみたいで……ううん、ただの風邪だと思うわ。──それは、私からは何とも──ううん、気持ちだけで充分よ」
最後にもう一度「ごめんなさいね」と言ってから、光恵は受話器を置いた。
「お見舞いに来たいって言ってたけど」
「……いらない」
「そう言うと思って、断っといたわ。だけど、本当に心配してたわよ」
「言うだけだよ。それから、使うだけ」
(どうせ教師になるために、私を使っただけなんだから……!)
麻奈美は芝原の話をそれ以上せず、晩ご飯をいつもより少なめに食べた。
それから家に置いてあった市販の薬を飲んでから、再びベッドに入った。
明日には良くなってるだろうか。
友人たちとも普通に話せるだろうか。
そんなことを考えているうちに、麻奈美はやがて眠りについた。
翌朝、麻奈美はいつも通りに目を覚ました。これなら学校にも行けるだろうと思い身体を起こしたところで、激しい頭痛に襲われた。
「イタタタタ……ダメだ、フラフラする……」
とりあえず顔を洗って朝ごはんを食べよう、と階段を下り、テーブルの上に綺麗に包装された箱を見つけた。昨日の夜にはなかったはずだ。
「お母さん、これ、なに?」
「ああ、それね。昨日、麻奈美が寝てから芝原さんが来てくれたのよ」
その名前を聞くだけで軽くめまいがして、麻奈美は椅子に座った。
「麻奈美は本当に寝ちゃってたし、芝原さんも、会わないほうが良いだろう、って……玄関で話しただけなんだけどね。お大事に、って、それ麻奈美に」
光恵は楽しそうに朝食の支度をしていた。
麻奈美は光恵と芝原の会話を聞こうとはせず、しばらく包みを見つめていた。
「中身が何かは聞いてないんだけど、ちょっと重いのよねぇ……」
開けるか開けるまいか悩んでから、麻奈美はとりあえず、開けることにした。綺麗に結んであるリボンをほどいて、包装紙も外して箱を開けた。
「え──、これ……」
麻奈美は中身を取り出して、両手で持ち上げた。
「どうして、こんなこと……」
「何が入ってたの?」
料理していた手を止めて、光恵が聞いた。
「お母さん、私、どうしたらいいの……」
芝原からの贈り物を掴んだまま、麻奈美はまた、泣いてしまった。