角砂糖が溶けるように

8-2 先生の提案

 高校生活最後の文化祭。
 生徒たちの間ではクラスから何を出すのかという話題でもちきりだったが、三年生だけは少し違っていた。
 三年生だから、なのかもしれない。
 星城だから、なのかもしれない。
「今度こそ、麻奈美を……!」
 彼女にしてみせる、と気合十分な修二は、麻奈美のクラスメイトと話しながらガッツポーズをしていた。
「俺だって負けないからな」
「ふん、幼馴染を甘く見るなよ!」
 修二が話している相手は城井だった。
 麻奈美はまだ詳しい話を聞いていないが、なんとなく想像はできた。
 修二と城井が、麻奈美を巡って争おうとしている。全校生徒の前で。
「私、一言も『出る』って言ってないんだけど」
「しかも、何をやるのかも決まってないんでしょ?」
 クラス別の出し物のほかに有志が集まってやりたいことをやっていい、というのが三年生だけにあって、麻奈美と良い思い出を作って卒業したい、という意見が二人で一致したらしい。
 しかも、講堂の舞台を使って、ほとんどアドリブの劇をする、らしい。
 修二が言いだしたのはおそらく麻奈美と芝原の関係を隠すためだが、それもだんだんあやしくなってきた。女子生徒に人気のある城井が『どうして川瀬さんは振り向いてくれないんだ』と言えば『幼馴染のほうがいろいろ知ってて良いんだよ』と修二が今までの想い出を振り返り、『芝原先生のこと好きそうだよなぁ』と呟かれれば『誰も相手にされてないだろ』と、麻奈美はすぐに自分のところにやってくると何度も繰り返した。
 もちろん麻奈美はこのどちらとも付き合うつもりはない。
 二人とは離れたところで千秋や芳恵とのんびりしていると、「そうだ!」と城井が声をあげた。
「どうせやるなら、リアルにしよう」
「リアルって、なんだよ」
「芝原先生のこと好きな女子たちと、あと先生にも出てもらおう」
「──は?」
 二人の会話を聞いていた全員が、同時に顔をあげ、ざわめきが起きた。
「それは……いや、先生は無理だって」
「でも、希望があれば参加する、って書いてただろ。決まりだな!」
 城井は教室を飛び出して『芝原のことが好きな女子生徒で劇に出たい人、ただしふられます』を募集しに行ってしまった。
 残された修二はその場に立ち尽くし、両手をあわせて麻奈美に頭を下げるしかなかった。

「城井君て、私が芝原先生を好きっていう前提で話を進めてるよね」
 彼の気配が完全に消えてから、麻奈美がぽつりと言った。
 周りには他のクラスメイトもいるので、芝原との関係はまさか言えない。
「そ、そうだろ? むしろ、俺には女子全員がそう見えるんだけど」
 修二は教室にいた女子生徒全員を見た。
 見た、というか、芝原の話をしているのを見られていた、というほうが正しい。
「まぁ、ねぇ……。かっこいいけどね。でも、生徒と恋愛する気はないって言いきってるし。好きな人がいるんでしょ」
「そうだよ。いくら先生が優しいからって、劇には出ないと思うなぁ」
 千秋と芳恵は、敢えて麻奈美のほうは見ずに話をした。近くにいた女子生徒たちも話に混じっている。迂闊には動けない。
「そもそも──テーマは何なの?」
「麻奈美に相応しいのは誰か、だな」
「……なんで私なの? 超個人的な問題すぎて却下されると思うけど」
「一・二年生は麻奈美ちゃんのこと知らないだろうしね」
 もちろん、三年生でも、全員が知っているわけではない。
「現代版かぐや姫とか、どうだ?」
 修二はそんな提案をしたが、もちろん麻奈美は賛成しない。それにもし賛成したとしても、貢いでもらうものも浮かばない。
 バタン、と音がしたほうを見ると、戻ってきた城井が両手を机についていた。
 芝原が劇に参加すると言った、ではなさそうだ。
「──誰も出たいって言わなかった」
「……だろうね」
 芝原と仲良くなる役ならまだ集まったかもしれないが、集めていたのはふられる役だ。芝原も、全校生徒の前でそんなことはしたくないに違いない。
「でもさ、先生、良いこと提案してくれたよ!」
 教室に到着したときとはまるで違う、輝いた目で城井は言った。
「三年と先生たちでパーティーしたらどうだ、だって」
「パーティー?」
「もうすぐ卒業するし、三学期は受験とかで忙しいだろうから、今のうちに遊んどけって言ってたよ。場所は大学のホール借りられるし、過去にもやったことあるんだって!」
「それって──」
 パーティーがどんなものなのかは誰も知らない。
 けれど、麻奈美は芝原から話を聞いたことはある──大学の奥のほうに緑豊かな場所があって、そこには豪華なシャンデリアや有名な絵画が飾られた大きなホールがあって、一般に貸し出すこともある、主な利用目的は──。
「それって、もしかして、ダンスパーティー?」
「だ……ダンス……?」
「俺、そんなの踊れないぞ……みんな、踊れるのか?」
「──踊れるらしいよ、中学から星城に通ってる子達は。先生も、授業で習ったとか言ってたな……サボってたらしいけど」
< 65 / 84 >

この作品をシェア

pagetop