角砂糖が溶けるように
8-3 生徒の提案
もちろん、麻奈美はダンスなんか踊れない。
普通の公立の中学に通って、星城に入ってからも部活はしなかった。家と星城と大夢の往復だけで、体力はほとんどついていない。
「私はパスかなぁ。踊れないし、ボーっと立ってるのも嫌だし」
「私も。ドレスもないし……レンタルも高そうだしね」
千秋と芳恵ももちろん踊れない。
「でも、麻奈美ちゃんには良い先生がいるよね!」
「──授業サボってたらしいし、本当に踊れないと思うよ。それに、本番は一緒には踊れないから、別に……」
大勢の生徒の前で、芝原と一緒になんか絶対踊れない。卒業パーティーなら最後だから良いとしても、学期途中の文化祭、卒業までが怖い。
「麻奈美ちゃん、文化祭に最後までいたことないでしょ?」
「うん……ないよ」
「しかもそれ、二回とも──先生と一緒にいたんだよね」
「──!」
一年の時は、平太郎が入院したのを見舞った病院で。二年の時は、お化け屋敷で気を失って、目覚めた後に中庭で。
「ベ、別に、わざとじゃないよ?」
「わかってるよ、それくらい。でも、二度あることは三度ある、って言うし。今年も一緒に過ごしたら?」
もちろん、一緒に過ごしたいけれど。
誰にも邪魔されずに、二人で過ごしたいけれど。
芝原には好きだと言われただけで、まだ恋人にはなっていないし、二人で会う時間が増えたわけでもない。星城で教師として、大夢で客として、今までと何も変わらない。
「パーティーに一応顔だけ出して、抜け出せば良いんだよ!」
「それ、無理でしょ……一応、先生だし……」
下校時刻、三人並んで正門へ歩いて行くと、女子生徒が何人か集まっているのが見えた。彼女らの中心には体育の先生と、その隣にいるのは──。
「無理だよ僕は、ほとんど習ってないから」
「でも、先生が提案したんですよね?」
「提案だけだから……。僕が踊れないのは、先生も知ってますよね」
芝原は隣に立っている先生に助けを求めた。
先生は芝原より二歳上で、中学の時に生徒会長をしていたと麻奈美は聞いている。
「ああ──あんまり記憶にないけどな──そうだ、全体練習のときも練習に来てなかったな、探すのに学校中走り回ったよ」
「ほら、だから、僕は踊れないんだよ」
「でも確か、球技は得意だったよな。クラスの奴らも噂してたぞ」
「運動は小さい頃から好きだったから……」
「じゃあ、今からダンスの練習してください!」
女子生徒たちは芝原に頼んでいたけれど。
「うーん……忙しいから、時間とれるかどうか」
「そういえば、試験も近いからな」
文化祭を楽しみたい気持ちはわかるけど試験のことも忘れるな、という二人の先生の言葉に押され、女子生徒たちはやがてそこからいなくなった。
姿が見えなくなってから、芝原はため息をついた。
「本当に、踊ったことなんかないですよ」
「だろうな──ん? なんだ、また同じようなのか?」
彼の視線の先に見えたのは、麻奈美たち三人だった。
「え? ああ、あの子たちは大丈夫ですよ。僕の、恩師のお孫さんたちなので」
「恩師? 川瀬──ははは、そうだったな。生徒指導の先生が教えてくれたよ、他の生徒に、見つからないようにな」
「ええっ? ちょっと、先……、何を……」
驚く芝原を一人残し、体育の先生は校舎のほうへ行ってしまった。
麻奈美と芝原の関係は、先生たちの間では広まっているようだ。
「芝原先生……どうかしたんですか?」
「いや、別に……僕が変な提案したもんだから、踊ってくれって言う子が多くて」
「本当に踊れないんですか?」
「踊れないよ、ずっと星城だけど……。踊れたところで、役に立たないだろうしね」
「そうですよね。お金持ちでもない限り……」
言いながら千秋は芝原と麻奈美を交互に見た。
「な、なに、千秋ちゃん?」
「──そうだ、ダンスじゃないことすれば良いんだ!」
「良い案でもあるの?」
「踊らされる可能性がないなら、僕も有難いな……」
「参加できるのって、三年の希望者と賛同してくれる先生たちですよね」
「そうだよ。希望が多くても、星城に相応しくないことは却下されるけど」
麻奈美たちと話しながら、芝原は下校する生徒たちに挨拶をしていた。
生徒の中にはもちろん三年生も混じっていて、『文化祭に芸能人を呼んでほしい』とか『テレビで学校を紹介してほしい』とかいう希望が聞こえていた。
どんな内容?
場所はどこ?
かかる時間はどれくらい?
協力してくれそうな先生は?
などの話を芳恵と麻奈美が千秋に聞いている間に、修二と光輔もそこに合流した。千秋はまだ詳細を言っていなかったが、買い物に行くという光輔に付きあうことになった芳恵は「明日、教えてね!」と手を振っていた。
「進路について考えるっていうのは、どうですか?」
「──進路? 大学?」
「はい。前の時は、説明聞くだけで終わったから、授業とかサークルを見学したり、一緒にやってみたり。それだったら、誰かがいなくても誰も気にしないですよね」
千秋は最後の言葉を意味あり気に言った。
普通の公立の中学に通って、星城に入ってからも部活はしなかった。家と星城と大夢の往復だけで、体力はほとんどついていない。
「私はパスかなぁ。踊れないし、ボーっと立ってるのも嫌だし」
「私も。ドレスもないし……レンタルも高そうだしね」
千秋と芳恵ももちろん踊れない。
「でも、麻奈美ちゃんには良い先生がいるよね!」
「──授業サボってたらしいし、本当に踊れないと思うよ。それに、本番は一緒には踊れないから、別に……」
大勢の生徒の前で、芝原と一緒になんか絶対踊れない。卒業パーティーなら最後だから良いとしても、学期途中の文化祭、卒業までが怖い。
「麻奈美ちゃん、文化祭に最後までいたことないでしょ?」
「うん……ないよ」
「しかもそれ、二回とも──先生と一緒にいたんだよね」
「──!」
一年の時は、平太郎が入院したのを見舞った病院で。二年の時は、お化け屋敷で気を失って、目覚めた後に中庭で。
「ベ、別に、わざとじゃないよ?」
「わかってるよ、それくらい。でも、二度あることは三度ある、って言うし。今年も一緒に過ごしたら?」
もちろん、一緒に過ごしたいけれど。
誰にも邪魔されずに、二人で過ごしたいけれど。
芝原には好きだと言われただけで、まだ恋人にはなっていないし、二人で会う時間が増えたわけでもない。星城で教師として、大夢で客として、今までと何も変わらない。
「パーティーに一応顔だけ出して、抜け出せば良いんだよ!」
「それ、無理でしょ……一応、先生だし……」
下校時刻、三人並んで正門へ歩いて行くと、女子生徒が何人か集まっているのが見えた。彼女らの中心には体育の先生と、その隣にいるのは──。
「無理だよ僕は、ほとんど習ってないから」
「でも、先生が提案したんですよね?」
「提案だけだから……。僕が踊れないのは、先生も知ってますよね」
芝原は隣に立っている先生に助けを求めた。
先生は芝原より二歳上で、中学の時に生徒会長をしていたと麻奈美は聞いている。
「ああ──あんまり記憶にないけどな──そうだ、全体練習のときも練習に来てなかったな、探すのに学校中走り回ったよ」
「ほら、だから、僕は踊れないんだよ」
「でも確か、球技は得意だったよな。クラスの奴らも噂してたぞ」
「運動は小さい頃から好きだったから……」
「じゃあ、今からダンスの練習してください!」
女子生徒たちは芝原に頼んでいたけれど。
「うーん……忙しいから、時間とれるかどうか」
「そういえば、試験も近いからな」
文化祭を楽しみたい気持ちはわかるけど試験のことも忘れるな、という二人の先生の言葉に押され、女子生徒たちはやがてそこからいなくなった。
姿が見えなくなってから、芝原はため息をついた。
「本当に、踊ったことなんかないですよ」
「だろうな──ん? なんだ、また同じようなのか?」
彼の視線の先に見えたのは、麻奈美たち三人だった。
「え? ああ、あの子たちは大丈夫ですよ。僕の、恩師のお孫さんたちなので」
「恩師? 川瀬──ははは、そうだったな。生徒指導の先生が教えてくれたよ、他の生徒に、見つからないようにな」
「ええっ? ちょっと、先……、何を……」
驚く芝原を一人残し、体育の先生は校舎のほうへ行ってしまった。
麻奈美と芝原の関係は、先生たちの間では広まっているようだ。
「芝原先生……どうかしたんですか?」
「いや、別に……僕が変な提案したもんだから、踊ってくれって言う子が多くて」
「本当に踊れないんですか?」
「踊れないよ、ずっと星城だけど……。踊れたところで、役に立たないだろうしね」
「そうですよね。お金持ちでもない限り……」
言いながら千秋は芝原と麻奈美を交互に見た。
「な、なに、千秋ちゃん?」
「──そうだ、ダンスじゃないことすれば良いんだ!」
「良い案でもあるの?」
「踊らされる可能性がないなら、僕も有難いな……」
「参加できるのって、三年の希望者と賛同してくれる先生たちですよね」
「そうだよ。希望が多くても、星城に相応しくないことは却下されるけど」
麻奈美たちと話しながら、芝原は下校する生徒たちに挨拶をしていた。
生徒の中にはもちろん三年生も混じっていて、『文化祭に芸能人を呼んでほしい』とか『テレビで学校を紹介してほしい』とかいう希望が聞こえていた。
どんな内容?
場所はどこ?
かかる時間はどれくらい?
協力してくれそうな先生は?
などの話を芳恵と麻奈美が千秋に聞いている間に、修二と光輔もそこに合流した。千秋はまだ詳細を言っていなかったが、買い物に行くという光輔に付きあうことになった芳恵は「明日、教えてね!」と手を振っていた。
「進路について考えるっていうのは、どうですか?」
「──進路? 大学?」
「はい。前の時は、説明聞くだけで終わったから、授業とかサークルを見学したり、一緒にやってみたり。それだったら、誰かがいなくても誰も気にしないですよね」
千秋は最後の言葉を意味あり気に言った。