角砂糖が溶けるように
9-5 見たくなかった光景
「麻奈美ちゃんらしいというか何というか……本当に好きなんだね」
佐崎親子からの入学金免除の話を断ったことを話し終えると、友人たちは複雑な顔をした。
「そんなもんかぁ? まぁ、麻奈美が決めたんなら良いけど」
卒業後、お店が忙しくなった場合、アルバイトを雇う代わりに専門学校からの実習を受け入れる。学校からは何も受け取らないし、売り上げは全て大夢のものにする、という条件で。
「だって、儲けたくてやってるんじゃないんだし。そりゃ、それで生活していけるのかは全然わからないけど……お店とか、私のためにお金なんてもらえないよ」
「だけど、俺はさ、どうしても引っかかるんだよなぁ、あいつが女の人と一緒にいたって噂。あいつ──いや、あの人はさ。麻奈美が好きなんだろ? じゃ、なんで他の人とデートするんだよ。俺はしないぞ」
芝原が女の人と一緒に歩いていた、という噂は既に学校中に広まっていた。
修二は芝原と麻奈美の関係は小声で話しながら、最後の一言は妙に強調した。
「そんなこと、ないよ。相手も多分、浅岡先生だし。そんなに気にすることじゃないと思う」
芝原が同級生との関わりが少ないことは、修二も麻奈美から聞いている。
「麻奈美が盲目になってなければ良いんだけどな」
「……なってないよ」
修二の言葉にほんの少し自分を疑ってしまったけれど。
最近の芝原は本当に優しすぎて、いつも頼っているけれど。
芝原の昔のことは忘れたわけではないし、平太郎も相変わらず目くじらを立てている。彼は本当に麻奈美にとって良い先生であり、いつかは良い彼氏になると信じていた。
あんなに真面目になった芝原が浮気──するはずがない。
その年の二月中旬は、登校する三年生はほとんどいなかったけれど、十四日のバレンタインだけは妙に賑やかだった。教室ではなく職員室前の廊下に女子生徒が群れていた。
卒業前に、最後だから好きな先生に渡したい。
そんな生徒が多いため、ドアの横にボックスがいくつか設けられていた。それぞれ分かりやすいところに、男性教師の名前が貼ってあった。中に入っているのは各教師へのプレゼントで、芝原のところが一番多かった。
という話を、麻奈美は芝原本人から夕方の大夢で聞いた。全部食べたんですか、と聞くと、多すぎるから他の先生と分けた、という返事だった。
もちろん麻奈美も彼に用意していて、それは大夢でちゃんと食べてもらえた。手作りのチョコレートケーキには、麻奈美が淹れたコーヒーも付けた。
「本当に先生は幸せだね。好きな人の完全手作りなんて。もう麻奈美ちゃん、結婚するしかないよね」
「ちょ、ちょっと待って、まだそんなこと」
二月下旬の卒業式の前日、麻奈美は友人たちと久しぶりに遊びに出ていた。
バレンタインの出来事を簡単に話すと、千秋と芳恵は未来の想像を始めてしまった。
「だって麻奈美ちゃん、クリスマスもデート誘われたんでしょ? もう先生だって本気だよ、きっと」
「そうだよ。片平君はあんなこと言ってるけど、勘違いだよ」
そんな話をしながら、街で噂のカフェを観察しながら、麻奈美たちは楽しく過ごしていた。勉強のことはしばらく考えなくて良い、自由な時間はあっという間に過ぎていった。
新年度に備えて文房具を揃えたり。
制服は無くなるから、お洒落な服を選んだり。
鞄だっていっぱい欲しいし、手帳も必要になるのかな。
「欲しいものありすぎるね。今日だけじゃ無理だからまた今度──」
卒業してからまた来よう、と言いかけて、麻奈美は自分の目を疑った。
「どうしたの、麻奈美ちゃん」
友人たちは、口を開けたまま動かない麻奈美の視線の先を見て、麻奈美と同じ反応をした。いま一番、見たくないものだった。
「先生、何してるんですか……どうして、こんな……」
麻奈美たちがいるのは、女の子が集まりそうな雑貨屋。
その一角に芝原と浅岡が一緒にいるのを、三人は見てしまった。
浅岡の隣で、芝原はものすごく楽しそうだった。麻奈美から笑顔が消えた。
「ち──違うんだ、これは、全然そういう」
「やっぱり噂は、本当だったんですか……信じてたのに……先生は……」
「だから僕は浅岡とは何も」
麻奈美は歯を食いしばり、ぶるぶると震えていた。
「そうよ麻奈美ちゃん、話を聞いてくれれば」
「話なんか、聞きたくない──っ!」
麻奈美はその場から走り去った。友人たちも後を追った。
芝原は、追ってはこなかった。
「麻奈美ちゃん、待って」
しばらく走ってから、ようやく麻奈美は止まった。
街の中心にある広場のベンチに座って泣いていた。
「なんで……なんで、先生……どうして……」
修二が言っていたことは本当だった。
芝原は本当に、浅岡と楽しそうにしていた。
「何か訳があるんだよ。話を聞こうよ」
友人たちはそう言ってくれるけれど、麻奈美は元気にはなれなかった。
そのまま帰宅して、目が腫れていたので光恵に理由を聞かれた。麻奈美は見たことを正直に話し、光恵は平太郎に電話した。
佐崎親子からの入学金免除の話を断ったことを話し終えると、友人たちは複雑な顔をした。
「そんなもんかぁ? まぁ、麻奈美が決めたんなら良いけど」
卒業後、お店が忙しくなった場合、アルバイトを雇う代わりに専門学校からの実習を受け入れる。学校からは何も受け取らないし、売り上げは全て大夢のものにする、という条件で。
「だって、儲けたくてやってるんじゃないんだし。そりゃ、それで生活していけるのかは全然わからないけど……お店とか、私のためにお金なんてもらえないよ」
「だけど、俺はさ、どうしても引っかかるんだよなぁ、あいつが女の人と一緒にいたって噂。あいつ──いや、あの人はさ。麻奈美が好きなんだろ? じゃ、なんで他の人とデートするんだよ。俺はしないぞ」
芝原が女の人と一緒に歩いていた、という噂は既に学校中に広まっていた。
修二は芝原と麻奈美の関係は小声で話しながら、最後の一言は妙に強調した。
「そんなこと、ないよ。相手も多分、浅岡先生だし。そんなに気にすることじゃないと思う」
芝原が同級生との関わりが少ないことは、修二も麻奈美から聞いている。
「麻奈美が盲目になってなければ良いんだけどな」
「……なってないよ」
修二の言葉にほんの少し自分を疑ってしまったけれど。
最近の芝原は本当に優しすぎて、いつも頼っているけれど。
芝原の昔のことは忘れたわけではないし、平太郎も相変わらず目くじらを立てている。彼は本当に麻奈美にとって良い先生であり、いつかは良い彼氏になると信じていた。
あんなに真面目になった芝原が浮気──するはずがない。
その年の二月中旬は、登校する三年生はほとんどいなかったけれど、十四日のバレンタインだけは妙に賑やかだった。教室ではなく職員室前の廊下に女子生徒が群れていた。
卒業前に、最後だから好きな先生に渡したい。
そんな生徒が多いため、ドアの横にボックスがいくつか設けられていた。それぞれ分かりやすいところに、男性教師の名前が貼ってあった。中に入っているのは各教師へのプレゼントで、芝原のところが一番多かった。
という話を、麻奈美は芝原本人から夕方の大夢で聞いた。全部食べたんですか、と聞くと、多すぎるから他の先生と分けた、という返事だった。
もちろん麻奈美も彼に用意していて、それは大夢でちゃんと食べてもらえた。手作りのチョコレートケーキには、麻奈美が淹れたコーヒーも付けた。
「本当に先生は幸せだね。好きな人の完全手作りなんて。もう麻奈美ちゃん、結婚するしかないよね」
「ちょ、ちょっと待って、まだそんなこと」
二月下旬の卒業式の前日、麻奈美は友人たちと久しぶりに遊びに出ていた。
バレンタインの出来事を簡単に話すと、千秋と芳恵は未来の想像を始めてしまった。
「だって麻奈美ちゃん、クリスマスもデート誘われたんでしょ? もう先生だって本気だよ、きっと」
「そうだよ。片平君はあんなこと言ってるけど、勘違いだよ」
そんな話をしながら、街で噂のカフェを観察しながら、麻奈美たちは楽しく過ごしていた。勉強のことはしばらく考えなくて良い、自由な時間はあっという間に過ぎていった。
新年度に備えて文房具を揃えたり。
制服は無くなるから、お洒落な服を選んだり。
鞄だっていっぱい欲しいし、手帳も必要になるのかな。
「欲しいものありすぎるね。今日だけじゃ無理だからまた今度──」
卒業してからまた来よう、と言いかけて、麻奈美は自分の目を疑った。
「どうしたの、麻奈美ちゃん」
友人たちは、口を開けたまま動かない麻奈美の視線の先を見て、麻奈美と同じ反応をした。いま一番、見たくないものだった。
「先生、何してるんですか……どうして、こんな……」
麻奈美たちがいるのは、女の子が集まりそうな雑貨屋。
その一角に芝原と浅岡が一緒にいるのを、三人は見てしまった。
浅岡の隣で、芝原はものすごく楽しそうだった。麻奈美から笑顔が消えた。
「ち──違うんだ、これは、全然そういう」
「やっぱり噂は、本当だったんですか……信じてたのに……先生は……」
「だから僕は浅岡とは何も」
麻奈美は歯を食いしばり、ぶるぶると震えていた。
「そうよ麻奈美ちゃん、話を聞いてくれれば」
「話なんか、聞きたくない──っ!」
麻奈美はその場から走り去った。友人たちも後を追った。
芝原は、追ってはこなかった。
「麻奈美ちゃん、待って」
しばらく走ってから、ようやく麻奈美は止まった。
街の中心にある広場のベンチに座って泣いていた。
「なんで……なんで、先生……どうして……」
修二が言っていたことは本当だった。
芝原は本当に、浅岡と楽しそうにしていた。
「何か訳があるんだよ。話を聞こうよ」
友人たちはそう言ってくれるけれど、麻奈美は元気にはなれなかった。
そのまま帰宅して、目が腫れていたので光恵に理由を聞かれた。麻奈美は見たことを正直に話し、光恵は平太郎に電話した。