角砂糖が溶けるように

★修二サイド …My wish

 欲しいものは何だって手に入れてきた。
 別に裕福な家庭に育ったわけではないし、そんな友達がいたわけでもない。運動が好きだったから放課後は部活に打ち込んで、もちろん授業もちゃんと受けた。出来る努力は全部した。
 その結果、俺は友達もたくさんできて、青春時代は楽しく過ごせたと思う。大学も良いところに合格して、目指した職業にも就けた。

 ただひとつ、俺が手に入れられなかったもの、それは──。


 星城学園高等部職員室の俺の隣の席で、そいつは毎日、幸せそうな顔をしていた。机に飾ってある写真をときどき眺めてはデレッとしているのも俺は知っている。
 先輩・芝原颯太は俺の高校時代の教師であり、最大のライバルだった。俺がずっと欲しいと思っていたものを、こいつはあとから現れて、俺から遠ざけたんだ。本当は俺より前から知ってたらしいけど……いや、俺だって負けてたつもりはねぇ。

「おーい芝原ー、おまえさっきから何回ボーっとしてんだよ」

 背後から現れたのは、結構年老いた先生だった。彼はもちろん、俺の在学中にもいて、もっと前は芝原の担任だったらしい。

「え……、ああ、いや、別に……」
「生徒にそんな顔見せるなよー。シャキッとな!」
「はい……」

 年老いた先生は芝原の頭をくしゃくしゃにして、笑いながら去っていった。
 芝原は乱れた髪を戻しながら、もう一度写真を見て、少し照れた。

 俺はそんな芝原を横からずっと見ていた。
その視線に気付いたのか、芝原は俺のほうを見た。
「なに、片平?」
「──麻奈美のこと、本当にお願いしますよ? さっきからずっとニヤニヤしてますけど……明日、大丈夫ですか?」
「あ──うん。大丈夫。麻奈美には心配させないようにするって、約束したから」
「それじゃ、俺とも約束してください。もう絶対、麻奈美を泣かせないって。泣かせたら一生口ききません」

***

 麻奈美と知り合ったのは、中学に入った時だった。
 席が近くて仲良くなれて、それから好きになるまで時間はかからなかった。
 でも、告白する勇気は俺にはなくて、ただ傍にいるだけで精いっぱいだった。麻奈美は他の生徒からも、男女ともに人気があって、いつも誰かと一緒だった。

 ようやくチャンスができたのは、2年になってキャンプに行ったとき。非日常なら大丈夫だ、俺は絶対大丈夫だ! と覚悟を決めて告白したけど、麻奈美の返事は「ごめんなさい」だった。
「ほかに、好きなヤツいるのか……?」
「ううん。いないよ」
 俺のほかにも麻奈美に告白したヤツは何人かいたらしい。
 もちろん、そいつらも断られたらしい。

 俺は他のヤツよりは、麻奈美と過ごす時間が多かったと思う。
 どうしても麻奈美と付き合いたくて、一緒にいたくて、しつこいほどに追いかけた。
 機会をみては交際を申し込んで、でも何回やっても断られて。それでもまだまだチャンスが欲しくて、高校も麻奈美と同じ所に行くと決めたんだ。


 神様はやっぱり俺に味方してくれてたんだと思った。
 レベルが高い高校だったけど麻奈美も俺も合格で、しかもまた同じクラスになった。
 中学で3年間同じクラスだったのが良かったのか、麻奈美は俺のことをよく理解してくれていた。好き嫌いはもちろんのこと、性格だってわかっていた。

「そりゃ、それだけ付きまとわれたら嫌でも覚えるよ」

 別にそれでも良いじゃないか。もっと俺のことを知ってほしいんだ。
 俺は諦めずに麻奈美の傍に居続けた。麻奈美からは「あんたとは付き合いません」って何回も言われたけど……それでも、想いは変わらなかった。


 そんなときだ、麻奈美が「気になる人ができた」と言ったのは。
 年上で、大学生で(当時)、落ち着いていて、かっこいい。
 しかもそいつは、頭も良くて、幼稚園から大学までずっと星城らしい。

 もちろん、麻奈美のことを諦めるつもりはなかった──が。
 麻奈美は本当にそいつに恋をしているらしく、俺は麻奈美とそいつを応援することに決めた。
 俺がそう言うと、麻奈美たちは明らかにビックリしてたけど、麻奈美が言った「そいつ」の正体に俺のほうがビックリしたんだぞ。

 麻奈美は、自分のじいちゃんの喫茶店を手伝っていて、そいつはそこの常連客で。
 じいちゃんも星城の教師をしていて、定年前最後の年、常連客の担任だったらしい。
 常連客は高校在学時──地域でも有名な不良少年だったらしい。
 そいつは高校卒業時には真面目になって、大学生になり、やがて教師を目指すために母校である星城高校に教育実習にやってきた──俺が2年のときだ。

 そして無事に教師になって……女子生徒たちが騒いでたのは、今と全く変わらない。
確かにかっこいい。それは認めてやる。

 だけど俺は、どうしても許せなかった──そいつが麻奈美を何度も泣かせたことが。
 そいつに悪気はなかったとは思う。
 でも麻奈美が何度も傷ついて泣いてるのを俺は見たし、じいちゃんも何度も「麻奈美を泣かせるな」と言っていたらしい。それでもそいつは、俺以上に麻奈美と仲良くしておきながら、麻奈美とは付き合えないと何度も言った。

***

 そいつが今、俺の目の前でニンマリしている芝原颯太だ。

 麻奈美と芝原は卒業式の夜から正式に付き合い始め、半月後のホワイトデーに芝原が麻奈美にプロポーズしたと聞いた。
 芝原が何度も麻奈美に冷たくしていたのは、「星城の教師は絶対に学園関係者と恋愛しないこと」という暗黙のルールに従っての行動だったらしい。でもそれは語り継がれていた単なる噂であって、実際、麻奈美と芝原は他の先生たちからも全面協力されていたのだが。

「……麻奈美を泣かせたのは、5年前が最後だよ」

 5年前──俺が高校3年だったときだ。
 芝原が教師になって1年目、麻奈美以外の女性との接触も増え、麻奈美が最も泣き崩れた1年だった。卒業式前日にも傷ついて、それが一番辛そうだった。
「あれ以来、麻奈美には嬉し涙以外は流させてないよ」

 高校を卒業してから、麻奈美は製菓の専門学校へ進学した。店の手伝いも続けていた。
 麻奈美と芝原が一緒に暮らし始めたのはそれから1年後で、祝いを持って訪ねていくと麻奈美は幸せそうな顔をしていた。

 そしてプロポーズから5年経ち、明日が2人の結婚式だ。

「俺、新婦の同級生代表でスピーチするんですけど」
「あー……そうだったな……」
「新郎の同僚でもあるんですよねぇ……しかも、恋敵」


 俺がどれだけ頑張っても手に入れられなかったもの、それは麻奈美だ。
 しかもその麻奈美を手にいれたヤツが今は俺の同僚だ。
 だからこそ、仕事で芝原には負けたくないし、麻奈美にも辛い思いをして欲しくない。

「変なことは言わないですよ、絶対。良いエピソードばっかり集めたんで」
「……そんなに良いことあったか……?」

 芝原は、特に何も浮かばないという顔をしているが。
 もちろん、「どうしようもない悪ガキがものすごく真面目な大人になりました、影響を与えたのは新婦の存在でした」ってのを、言うに決まってるじゃないか。

 明日は新婦……麻奈美のウエディング姿が見れるんだな。
 俺も、本当はその麻奈美の隣でかっこよく決めたかったんだけどな──まぁ、いいか。

 芝原は仕事が終わっていないらしいけど、他の先生にも言われて今日は早くに帰っていった。
 今頃、麻奈美と一緒に結婚前夜を祝ってるんだろうな。
 食卓には──麻奈美特製のデザートがあるんだろうか。


 良かったな、麻奈美。
 あいつならきっと、おまえを幸せにしてくれるに違いない。
 恋敵に変わりないけど、仕事でいつもお世話になって、実は尊敬してるんだ。

 芝原の机に飾ってある前撮り写真を見て、俺は2人の幸せを祈った。
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