新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

14

　
　シルヴィア達、宮廷魔術師の三人はアレクセルに促されるまま入室した。

　シルヴィアとテオドール、室長のレオネル。そして近衛騎士アレクセルは改めて絵に向き合う。

　描かれているのは湖の風景と鳥。その上から赤黒い文字が細かに浮かび上がっている。
　爽やかな絵に不気味な文字とのアンバランス差が不安を煽った。


「気持ち悪いですね」「もしかしたら、献立のメモ書きの可能性も……」などと各々が述べている中、新たに室内に入ってきた、黒髪の少年魔術師の声によって遮られた。

「室長、頼まれてたノートとペンとインクと辞書ですけど……あれ、シルヴィア先輩？」

　シルヴィアを前にして目を丸くするのは、ヒューイという、十六歳の少年魔術師。
　少し伸ばした黒髪を持つ彼は、年齢の割に落ち着いた雰囲気を纏っている。

「お久しぶりです」

　シルヴィアはヒューイが持ってきた物を一式受け取るため、歩み寄った。手渡された次の瞬間、ヒューイは何かに気付いたように顔を上げた。

「あれ？シルヴィア先輩何だかいい匂いがしますね」
「あ、分かります？最近……」

　毎晩薔薇のオイルを垂らした浴槽につかり、更に公爵家の侍女の手によって、体や髪は薔薇の香油で磨かれているから。
　気付いて貰えたことが嬉しくて、喜色を浮かべたシルヴィアだが次の瞬間、顔を引きつらせることとなる──

「はい、バスオイルですか？それとも風呂上がりに、全裸で何か塗り込んでるんですか？全身ですか？部分的ですか？」
「！！！！」

　レオネルは顔面蒼白になった。

（ ヒューイ！後ろ！後ろにルクセイア公爵様いるから！！公爵閣下固まって、こっちガン見してるよ！！そもそもソレ聞いてどうするんだよ！私もいい香りだと思ってたけど！！）

　レオネル自身、女性が身に纏う香りについて、聞いていいのか分からず悩んでいた。
　しかしヒューイの尋ね方は絶対に良くない、ということだけは分かる。

　脂汗を流し続けるレオネルの隣で、シルヴィアはゴミを見る目でヒューイに言い放った。

「ちょっと黙っててもらえます？」
「えっ」


　宮廷魔術師とは、女性も含まれているが男性の人数の方が多い。そんな環境の中シルヴィアがアレクセルに免疫が無かったのは、彼が圧倒的に「モテる男性」だからだ。

　しかし宮廷魔術師の場合、何故か「モテる男性」とは対極の「残念な男性」が集まっている。
　特にこの部屋にいるレオネル、テオドール、ヒューイの三人は宮廷魔術師の中でも残念な部類に入るとシルヴィアは思っている。

　それぞれ見た目は悪くなく、むしろテオドールとレオネルは女性に好まれる面立ちをしているのだが……。
　しかしそんな彼らだからこそ、シルヴィアも同僚達を異性として特に意識せず、良い関係を保ってこれた。

　そしてヒューイの先程の発言について、彼は驚くことにセクハラの意思は全くなく「女性は些細な変化に気づくと喜ぶ」と本に記されていた通り実践したのみ。
　その本の題名は『モテる男の秘訣』である。

　結果、彼はモテようとしてもモテなかった。

　何がいけなかったのか、どこに女性の地雷を踏む要素があったのか分からないまま、ヒューイは僅かに目尻に涙を滲ませたまま零した。

「すみませんでした……戻ります」