新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
16
話が纏まると一旦カフェの話題を打ちきって、魔術師達は仕事に集中することにした。
絵の中に現れた文字の書き写しを、シルヴィアとテオドールは開始する。上半分はシルヴィア、残りをテオドールが担当し、黙々と作業を進めていく。
写し作業が終わると、絵は魔術研究室に運ばれ、そこで細かな鑑定が行われることとなった。
**
町のカフェへ行く事が出来るよう手配は整った。アフタヌーンティーを楽しむにはぴったりの時間である。
レオネル、テオドール、ヒューイという、先程の男性宮廷魔術師に追加で女性宮廷魔術師二名が加わった。
そしてシルヴィアとアレクセルを含め合計七名で向かう。
馬車を三台分用意し、シルヴィアとアレクセルは公爵家の馬車に夫婦で乗り込んだ。
未だ車内二人きりという空間に慣れず、少しばかり居心地の悪さをシルヴィアは感じてしまっていた。
(普段とてもお忙しい旦那様が、お仕事を早くに切り上げるなんて)
こんなにすんなりと半休が取れるとなると、今迄仕事で屋敷に帰れなかったのは何故なのか。本当に帰宅出来ない程多忙なのか。それとも、仕事以外に何か理由があるのではないか……?
などとつい疑いの目を向けてしまいそうになる。
(邪推してしまうわたしを、どうかお許し下さい……)
狭い空間に夫婦二人きりという状況の中、シルヴィアは思い切って話題を口にする。
「本当に、半休の許可が頂けたのですね……ギルバート殿下から」
「一応新婚ですからね。最近働き詰めですから、これくらいの融通は通させて頂きますよ」
一応ね。と頭の中で復唱したシルヴィアの顔を、アレクセルは覗き込む。
「ご迷惑でしたか……?」
「え?いえ、ずっとお忙しくされていらっしゃったから……」
(わっ、ビックリしたっ!顔が近いですっ)
不意に美形に覗き込まれるのは、流石に心臓が悪い。
「それに他にも女性が同行するとはいえ、シルヴィアを自分抜きで、他の男性と出掛けさせるのは許可し難いですから」
「!?……ごめんなさい!気をつけます……」
アレクセルの言葉は尤もだと思う。公爵家に嫁いだ身でありながら、些か軽率すぎた。
ただシルヴィアは自身をお飾り妻との自覚があったのと、夫からは全く興味をもたれていないと結論付けている。
故に今回外出の計画話を耳にしつつも、アレクセルは気にも止めていないと思いこんでいた。
勿論不貞を働く気は微塵もなく──そもそもシルヴィアは同僚の男性宮廷魔術師達に、異性としての感情を持ったことは一度もない。
暫くすると馬車が止められた。
馬車から降りて足を踏み入れたたカフェ店内は白亜の壁に、光をふんだんに取り入れる事が出来る大きなアーチ型の窓。
明るい室内に飾られた調度品は、可愛らしい物が並び、女性受けする理由も頷ける。
アレクセルと共に窓際の席に案内されたシルヴィアは、彼の向かいに腰掛け、難しい顔をしてメニューを睨んでいた。
「う~ん、悩みますね」
「どれで悩んでるんですか?」
「コレとコレと……あとコレです」
メニューを見せながら、指を指して答えるシルヴィアに、アレクセルは微笑む。
「三つくらいなら自分は食べられますが、分けますか?」
「えっ、いいんですか?」
チラリと周囲を伺う。先程自分の公爵夫人としての意識の無さが露呈してしまったばかりで、今は少々過敏になっていた。
そんなシルヴィアの心中を察したのか、アレクセルは優しい声音を落とす。
「大丈夫、街中で咎める人はいませんよ」
「じゃ、じゃあこの三つで……」
「はい」
シルヴィアが選んだのはフランボワーズ香るチーズクリームのフレジエ。マンゴーを黄色い薔薇にのように飾ったチョコレートケーキ。紅茶のシフォンケーキ。
(結局全部わたしが選んだ物にしてしまったけど、良かったのかしら……?)
アレクセルがどのような食べ物やスイーツを好むのか知らない。少しずつ彼の好みを知っていきたいという感情が、シルヴィアに芽生えていた。
注文した物を女性店員が並べ、テーブルの上には選んだ三つのケーキと、白磁のポットに二人分のティーカップを置く。そして、一杯目の紅茶を目の前でカップに注いでくれた。
並べられた見た目も可愛いケーキに心が躍り、釘付けになる。
「先に食べたい物をどうぞ」
端正な顔に、にこやかな笑みを浮かべて勧めてくれるアレクセル。
旦那様を差し置いて、先に頂くのは申し訳ない思いだ。だがレディファーストという、家族以外からはあまり受けた覚えのない、男性からのエスコートを無下にしてはいけないと言い聞かせた。
「では、こちらを」
まずはフレジエを選び、フォークで一口サイズを口に運んだ。クリームの甘さと、苺の酸味の調和が口に広がる。
「美味しいですっ。旦那様も食べてみて下さいっ」
「良かったですね、残りの二つは切り分けておきましたから」
にこにこと微笑むアレクセルの手元を見ると、取り皿には綺麗に切られたショコラケーキとシフォンケーキが、美しく盛り付け直されていた。
「え、旦那様にそのようなことをさせてしまうなんて……」
「好きでしているので、お気になさらず。どうぞ」
言いながら、二つのケーキが乗ったお皿をシルヴィアの前に置いた。マメなその姿に驚きつつも、とある考えが頭にチラつく。
(これが普段色んな女性をエスコートする
男性の姿!?恐ろしいわ……!)
いつもは職場のダメンズばかりを見ているせいか、シルヴィアが受けた衝撃は物凄い。
何だか喜びと感動と共に、女誑し疑惑が深まり、シルヴィアの思考は無駄に忙しかった。
出来るなら純粋に喜びたいところだが……。
「あっ、私切り分ける前にフレジエを食べてしまいました……」
「大丈夫ですよ」
「美味しいから、旦那様にも食べて頂きたかったのですが」
言った瞬間、アレクセルは満面の笑みで言い放った。
「なら、一口だけ私の口に運んで食べさせて下さい」
「えっ!?」
絵の中に現れた文字の書き写しを、シルヴィアとテオドールは開始する。上半分はシルヴィア、残りをテオドールが担当し、黙々と作業を進めていく。
写し作業が終わると、絵は魔術研究室に運ばれ、そこで細かな鑑定が行われることとなった。
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町のカフェへ行く事が出来るよう手配は整った。アフタヌーンティーを楽しむにはぴったりの時間である。
レオネル、テオドール、ヒューイという、先程の男性宮廷魔術師に追加で女性宮廷魔術師二名が加わった。
そしてシルヴィアとアレクセルを含め合計七名で向かう。
馬車を三台分用意し、シルヴィアとアレクセルは公爵家の馬車に夫婦で乗り込んだ。
未だ車内二人きりという空間に慣れず、少しばかり居心地の悪さをシルヴィアは感じてしまっていた。
(普段とてもお忙しい旦那様が、お仕事を早くに切り上げるなんて)
こんなにすんなりと半休が取れるとなると、今迄仕事で屋敷に帰れなかったのは何故なのか。本当に帰宅出来ない程多忙なのか。それとも、仕事以外に何か理由があるのではないか……?
などとつい疑いの目を向けてしまいそうになる。
(邪推してしまうわたしを、どうかお許し下さい……)
狭い空間に夫婦二人きりという状況の中、シルヴィアは思い切って話題を口にする。
「本当に、半休の許可が頂けたのですね……ギルバート殿下から」
「一応新婚ですからね。最近働き詰めですから、これくらいの融通は通させて頂きますよ」
一応ね。と頭の中で復唱したシルヴィアの顔を、アレクセルは覗き込む。
「ご迷惑でしたか……?」
「え?いえ、ずっとお忙しくされていらっしゃったから……」
(わっ、ビックリしたっ!顔が近いですっ)
不意に美形に覗き込まれるのは、流石に心臓が悪い。
「それに他にも女性が同行するとはいえ、シルヴィアを自分抜きで、他の男性と出掛けさせるのは許可し難いですから」
「!?……ごめんなさい!気をつけます……」
アレクセルの言葉は尤もだと思う。公爵家に嫁いだ身でありながら、些か軽率すぎた。
ただシルヴィアは自身をお飾り妻との自覚があったのと、夫からは全く興味をもたれていないと結論付けている。
故に今回外出の計画話を耳にしつつも、アレクセルは気にも止めていないと思いこんでいた。
勿論不貞を働く気は微塵もなく──そもそもシルヴィアは同僚の男性宮廷魔術師達に、異性としての感情を持ったことは一度もない。
暫くすると馬車が止められた。
馬車から降りて足を踏み入れたたカフェ店内は白亜の壁に、光をふんだんに取り入れる事が出来る大きなアーチ型の窓。
明るい室内に飾られた調度品は、可愛らしい物が並び、女性受けする理由も頷ける。
アレクセルと共に窓際の席に案内されたシルヴィアは、彼の向かいに腰掛け、難しい顔をしてメニューを睨んでいた。
「う~ん、悩みますね」
「どれで悩んでるんですか?」
「コレとコレと……あとコレです」
メニューを見せながら、指を指して答えるシルヴィアに、アレクセルは微笑む。
「三つくらいなら自分は食べられますが、分けますか?」
「えっ、いいんですか?」
チラリと周囲を伺う。先程自分の公爵夫人としての意識の無さが露呈してしまったばかりで、今は少々過敏になっていた。
そんなシルヴィアの心中を察したのか、アレクセルは優しい声音を落とす。
「大丈夫、街中で咎める人はいませんよ」
「じゃ、じゃあこの三つで……」
「はい」
シルヴィアが選んだのはフランボワーズ香るチーズクリームのフレジエ。マンゴーを黄色い薔薇にのように飾ったチョコレートケーキ。紅茶のシフォンケーキ。
(結局全部わたしが選んだ物にしてしまったけど、良かったのかしら……?)
アレクセルがどのような食べ物やスイーツを好むのか知らない。少しずつ彼の好みを知っていきたいという感情が、シルヴィアに芽生えていた。
注文した物を女性店員が並べ、テーブルの上には選んだ三つのケーキと、白磁のポットに二人分のティーカップを置く。そして、一杯目の紅茶を目の前でカップに注いでくれた。
並べられた見た目も可愛いケーキに心が躍り、釘付けになる。
「先に食べたい物をどうぞ」
端正な顔に、にこやかな笑みを浮かべて勧めてくれるアレクセル。
旦那様を差し置いて、先に頂くのは申し訳ない思いだ。だがレディファーストという、家族以外からはあまり受けた覚えのない、男性からのエスコートを無下にしてはいけないと言い聞かせた。
「では、こちらを」
まずはフレジエを選び、フォークで一口サイズを口に運んだ。クリームの甘さと、苺の酸味の調和が口に広がる。
「美味しいですっ。旦那様も食べてみて下さいっ」
「良かったですね、残りの二つは切り分けておきましたから」
にこにこと微笑むアレクセルの手元を見ると、取り皿には綺麗に切られたショコラケーキとシフォンケーキが、美しく盛り付け直されていた。
「え、旦那様にそのようなことをさせてしまうなんて……」
「好きでしているので、お気になさらず。どうぞ」
言いながら、二つのケーキが乗ったお皿をシルヴィアの前に置いた。マメなその姿に驚きつつも、とある考えが頭にチラつく。
(これが普段色んな女性をエスコートする
男性の姿!?恐ろしいわ……!)
いつもは職場のダメンズばかりを見ているせいか、シルヴィアが受けた衝撃は物凄い。
何だか喜びと感動と共に、女誑し疑惑が深まり、シルヴィアの思考は無駄に忙しかった。
出来るなら純粋に喜びたいところだが……。
「あっ、私切り分ける前にフレジエを食べてしまいました……」
「大丈夫ですよ」
「美味しいから、旦那様にも食べて頂きたかったのですが」
言った瞬間、アレクセルは満面の笑みで言い放った。
「なら、一口だけ私の口に運んで食べさせて下さい」
「えっ!?」