新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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 支払いは全てアレクセル本人が進んで持つことになり、国随一の財産を保有する公爵からの申し出を、誰も断る事は出来なかった。


「すみません旦那様……」
「私としては、貴女とご一緒出来て感謝しているくらいですよ。王宮ではすぐに邪魔が入りましたからね……」
「何ですか?」

「何でもありません」と言いながらにこりと微笑むアレクセル。シルヴィアは首を傾げ、一拍置くとずっと考えていたことを切り出した。

「このお会計とは別で、日持ちしそうな焼き菓子などを、お邸の使用人方にお土産として買っていってもよろしいでしょうか?」
「それも私が支払いますが」

 アレクセルの言葉にシルヴィアは手をブンブンと横に振って、必死に自分の考えを伝える。

「いえ、自分の宮廷魔術師としてのお給料があるので、お気になさらず。といいますか、日頃お世話になっている方々への感謝の気持ちですので、自分のお金で払いたいなと……」
「なるほど。分かりました」

 自分の気持ちをすぐに汲んでくれる、アレクセルの優しさにシルヴィアはほっと胸を撫で下ろした。

 買い込んだお土産と共に馬車へと乗り込むと、隣に座るアレクセルの声が、シルヴィアに落ちてくる。

「では近々、今度は私がシルヴィアに何かプレゼントをさせて下さいね」
「え」
「結婚後初めての贈り物となると、何が良いか悩みますね」

 アレクセルはまるで、夢見心地のように顔を綻ばせた。

 **

「旦那様、奥様お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」

 馬車から降りて玄関をくぐると、既に主君夫妻の帰宅を待ち侘びていた使用人達が、総出で出迎えてくれた。
 そして夫婦揃って帰宅するのも今回が初めて。

 今夜の晩餐は一緒に食べるという約束を交わし、アレクセルは時間まで公爵家の仕事を片付けるため、執務室へと向かった。

 その間シルヴィアは少し休憩をしてから、ローサを始めとする侍女達に着替えなど、身支度を手伝って貰うことにした。

「どうしましょう。二人きりのお食事なんてちょっと気不味いかも……」

 つい心境を、ブラシで丁寧に髪を梳かしてくれるローサに零してしまう。
 こういってはなんだが、彼は戸籍上シルヴィアの夫ではあるが、あまりよく知らない男性である。
 先程はカフェ内で同席し、しかも二人きりの席だったが、少し離れた席には同僚達もいた。

 邸の閉鎖された室内で普通の夫婦みたく食卓につくのを想像すると、何だか今更緊張してしまう。
 不安に苛まれるシルヴィアに、ローサは穏やかに微笑む。

「大丈夫ですよ。すぐに慣れますわ」
「細々と生きてきた人見知りなんで……」
「だ、大丈夫です。奥様はすぐに使用人の私達とも打ち解けて下さったではありませんか」


 家族以外、またはギルバート以外の高位貴族はやはり緊張する。職場にも貴族はいるが、魔術という共通の話題がある分話題の振り幅も大きく、互いの趣味なども理解しやすい。
 そもそも魔術師という人種は身分問わず、良い意味でも悪い意味でも、社会の枠組みに囚われない者が多い傾向にある。

(約束を交わすまでもなく、夫婦は食事を共にするのが当たり前なのよね。か、家族ですもの……)


 まだまだ自分とアレクセルの関係を夫婦や家族と呼ぶには違和感があるが、ローサの言うように気付けば慣れているのだろうか?

 シルヴィアは今まで夜会や社交を避けて来た人生であり、そんな自分がアレクセルのような、華やかな世界に生きる人と結婚するなんて少し前までは思ってもいなかった。

 晩餐の時間となり、ダイニングのある一階へと降りる。廊下ではアレクセルとトレースが何やら話をしていた。
 シルヴィアに気付いたアレクセルは振り返ると、着替えを終えた妻の姿を確認する。

 淡いラヴェンダーカラーのドレスは、フリルと繊細なレースをふんだんに使い、胸元には白絹の薔薇飾り。
 梳かして艶が増した銀の髪には、控えめで小ぶりなピンクパールの花飾りが添えられている。

 シルヴィアの姿を見るなり、アレクセルは息を呑み、しばらく動きを止めた。そんな夫の様子が心配になってしまったシルヴィアは、彼の顔を覗き込んだ。
 妻に上目遣いで見上げられ、アメジストの瞳が動揺の色を浮かべる。

「あ、すみません。魔術師としての姿もミステリアスで魅力的ですが、着飾ったシルヴィアはどんな姫君でも足元にも及ばない程の美しさですね。思わず見惚れてしまいました」
「どうも」

 貴族の男性とは、常に女性を褒めなければいけないらしい。中々大変な習慣だとシルヴィアは同情の目を向けてしまう。

 そのまま二人でダイニングへと向かった。
 席に着くき、暫くすると料理が運ばれてくる。いつも一人で使っていたダイニングの長テーブルは、二人分の食事を運んできても、まだまだ余白が有り余っている。

 本日のメニューは、季節の野菜と魚のバリグール、貝のマリニエール、牛ローストなど。

 トレースが皿を下げる際に、アレクセルがシルヴィアに話しかける。

「家でちゃんと夕食を食べるのは久々な気がします」

(久々と言いますか……私が嫁いできてからは初めてですけどね。
 普段はどちらでお食べになられているのですか?などとお聞きするのは野暮なのでしょうか)

 そんな事を考えいるシルヴィアに、アレクセルは話を続ける。

「最近は部下に頼んで、王宮に併設されているカフェでサンドイッチなどを買って来て貰ったりしてすませていました。あれなら執務をこなしながらでも、片手間に食べられますからね」
「まあ、お食事中までお仕事なのですか」

 驚くシルヴィアに、アレクセルは僅かに眉根を下げて答える。

「今は忙しいのもありますが、人手が足りないんですよ。当然褒められたものではありませんが、行儀が悪いなどと気にしている余裕もなく」

(御当主様が仕事の片手間にサンドイッチなどを召し上がってる間、私は一人豪華な晩餐を楽しんでてすみません……)

 何だかとてつもない罪悪感に苛まれそうになる。胸が痛い。

「あ、でも王宮のカフェも美味しいですよね。私もお昼やお茶で利用しますよ」

 言った途端、ワインを一口飲んでいたアレクセルはグラスをテーブルに置き、物凄い勢いでシルヴィアの方に顔を向けた。

「貴女も利用するんですか!?」
「!!??」

(ビックリしたーーー!!)

 今の言葉に、何か食いつくポイントあった??という言葉を飲み込みながらシルヴィア は胸を抑える。早鐘を打ち続ける心臓を、今は必死に鎮めることに専念した。

「そうだったのか、良い事を聞いた」と一人ブツブツ呟く夫を、シルヴィアはつい奇異の目で見てしまう。

(こんな旦那様初めて見た……。流石のトレースも驚いたのか、ビクってなったのをわたしは見逃さなかったわよ……)

 しかもトレースときたら、眼鏡の奥からアレクセルを冷ややかに睨みつけているではないか。
 二人は普段どういった主従関係を築いているのかは知らないが、こんな様子のトレースもシルヴィアは始めて見た。

「ところでシルヴィアは、うちの料理はお口に合いますか?」
「勿論!とっても美味しくて毎日幸せです」

 わたしばかりが美味しいご飯を食べて申し訳ないです。という思いを笑顔の裏に隠し、満開の笑みで答えた。

「良かった。こういうのもお好きなのですね」

(ん???こういうの???)


 公爵家の豪華なお食事の反対といえば、シルヴィアがこよなく愛する下町の屋台グルメが思い至る。

 しかしシルヴィアの趣味が屋台での買い食いだなんて、アレクセルが知っている筈がない。

(そんなまさか……)

 そもそも屋台グルメとは毎日の食事とは違い、たまにどうしても食べたくなる中毒性が魅力の一つである。
 好きといえど、屋台グルメばかり食べれば良いという安易なものではない。

 屋台グルメに対する熱い思いをつい語ってしまいたくなる衝動を抑えつつ、シルヴィアは微笑みを貼りつかせたまま思案する。

 だが結局アレクセルの質問の意図は分からなかった。
 食事を終えた後は二人はサロンへと移動して、長椅子に並んで座り、お茶を頂いた。

 本日はカフェでケーキを三つも食べたこともあり、デザートにはさっぱりとした果物を頼んでおいた。

 隣でお茶を飲むアレクセルは寸分の隙もなく、所作まで美しい。シルヴィアは思わず見入ってしまった。
 すると不意に二人の視線が交わる。

 見つめていたことがバレてしまったと、シルヴィアの心臓がドキリと高鳴った。

 思慮の光を宿すアメジストの瞳が、シルヴィアを映している。

「ところで、シルヴィア」
「はい。何でしょうか?」
「実は後で話があるのですが、執務室まで来て頂けないでしょうか?」

 いつになく真剣なアレクセルの表情に、シルヴィアは少し身構えてしまった。

「ここでは出来ないお話なのでしょうか」
「そうです」
「分かりました。後程お伺いさせて頂きます」
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