新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
26
「団長、一先ず奥様を騎士団サロンへとお連れ致しましょう」
「分かっている」
室内に取り残されたのはアレクセルとシルヴィア、そして亜麻色の髪の騎士。
「奥様、ギルバート王太子殿下近衛騎士団小隊長、アルベルトです。こんな騒動の中でのご挨拶となってしまいましたが、お会いできて光栄です」
「妻のシルヴィアです。よろしくお願い致します」
「では、参りましょう奥様」
「おい、何でお前がエスコートしようとするんだ。あまり近づくな」
初めて見るアレクセルの苛立った表情と、あまりお上品ではない言葉遣いに、シルヴィアは呆然としてしまった。
**
二人に連れられて初めて足を踏み入れたのは王太子近衛騎士団のサロン内。長椅子やテーブルなども置かれ、棚の中には地図や本、書類などが沢山収納されているが、全体的にシンプルに整えられた居心地の良さそうな空間となっていた。
「少しだけ執務室で報告書に目を通して参りますので、ここで待っていて下さいね。殿下には事件に巻き込んでしまった妻に付き添いたいと言った旨をお話しし、早退を押し通しますので、一緒に邸へ帰りましょう」
「分かりましたわ」
長椅子まで案内され、アレクセルが奥の執務室へ入っていく後ろ姿を、シルヴィアは座って眺めていた。
執務室の扉が閉められた途端──
今まで真面目な顔をしていた騎士達が、高揚した様子で一斉に、長テーブルの向かいに押し寄せてきた。
「初めまして奥様!お近付きになれて光栄です!」
「妖精さんですか!?」
「まさに天使!」
「女神!!」
資料室での仕事ぶりや、サロンに足を踏み入れた時には冷静且つ、真面目そうな印象があった騎士達。すぐに初対面のイメージが粉々に砕け散りつつあった。
「!?……ど、どうも」
知らない男性、それも騎士達に詰め寄られ、シルヴィアは顔が引き攣りそうになる。
だがどうにか笑顔を作らなくてはいけないと、内心奮闘していた。自分は公爵夫人であり、そして彼らの上司の妻なのだからと矜持をかき集める。
「微笑んでお話して下さった……」
「お声も可愛らしい、天使のようだ!」
「……」
しかしこのノリが延々と続くのは正直キツい。
そう思った直後、シルヴィアの前に群がって離れない騎士達の後ろから、長靴の足音が近づいてくる。
それは、お茶とクッキーを乗せたトレイを手にした藍色の髪に、濃紺の瞳。目元にある泣きぼくろが、更なる色気を際立たたせている。
アレクセルに引けを取らない美貌の騎士の登場に、シルヴィアは呆気に取られ、他の騎士達は歯噛みした。
「ほらほら君たち、むさい男が姫に群がってはいけないよ。お姫様が驚いてしまう」
「クリス……!?」
「狡いぞっ」
クリスと呼ばれた騎士は、テーブルにトレイを置いてから、シルヴィアの座る長椅子に自身も腰掛ける。
「ごめんね、シルヴィア姫。皆貴女のような美しいお姫様に免疫がないんだよ」
「はぁ」
(……姫?)
「良かったらお茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
促されるまま、有り難くお茶を頂くことにした。緊迫した状況に直面したばかりで、言われて気づいたが喉が渇いていた。カップを手に取ると、クリスが甘い声で囁く。
「団長が戻って来るまで、女同士で仲良くしていよう。男ばかりの騎士サロンで、姫を不安にさせてはいけないからね」
「じょ、女性!?」
カップを持つ手が震えそうになる。
彼女の名はクリスティーナ。通称クリス。
確かに中性的でとても綺麗な顔立ちなのだから、普通なら女性の可能性も考えられただろう。
だが、長身に短い髪、騎士服に身を包むせいで男性だと信じて疑わなかった。
(驚いてしまったけれど、女性だったなんて……もしかしてわたし、とても失礼な反応をしてしまったのではないかしら?)
途端、申し訳なさが込み上げてきてしまったが、クリスはシルヴィアとの距離を詰め、サファイアの瞳を覗き込んだ。
「もし私が男だったら、姫のような人と恋をしたいと思ってしまいます」
(ひぇぇ~!!あんまり気にしてなさそう!むしろ自分のイケメンっぷりをとても理解してる方だわ!!それにしても甘い!でもチャラい!!)
密かにシルヴィアによって「チャラ騎士」の称号が授与されたクリスに、他の男騎士からの凄まじいブーイングが巻き起こる。
「狡い!自分が同じ女だからって、奥様とお近づきになれるなんて卑怯だ!」
「そうだ!」
「ちゃっかり隣に座りやがってっ」
(え~っと……)
頗る悔しがる騎士達を前に、シルヴィアは考えることを止めて、無心でちびちびとお茶を飲むことに専念した。
執務室の扉が開く。それはシルヴィアが、丁度お茶を一杯飲み終えた頃だった。
「シルヴィア、お待たせしました。一緒に帰りましょう。……って、お前ら!何でシルヴィアを取り囲んでいるんだ!?」
執務室を出た途端に広がっていた異様な光景に、アレクセルは顔色を変えて取り乱した。
可憐な自分の妻が、部下達に取り囲まれていたのである。しかも隣には騎士団内で一二を争うチャラいクリス。
睨みつけるアレクセルに、部下達は口々に声をあげた。
「だって、まるで妖精のお姫様……」
「天使!!!」
「有難や~!!!」
もはや崇拝でもされそうな勢いとなっていた。
そんな部下達は無視して、アレクセルは妻へと手を差し出す。手を取り、立ち上がった瞬間に、シルヴィアの反対の手が優しく引っ張られた。
「ああ、行ってしまうのですね。またいつでも私に会いに来て下さい」
振り返るとクリスが跪き、シルヴィアの手を取って甘く囁いていた。
それを目にしたアレクセルが眉間を寄せ、妻を抱き寄せて二人を引き離す。
「気安く触るんじゃない。シルヴィア、こんな所にいては危険です、早く帰りましょう」
「え?は、はぁ……」
何故か自分の職場を、危険呼ばわりしてしまうアレクセルに、シルヴィアは呆気に取られたが何とか返答した。
「団長~、嫉妬深いと嫌われ……」
「煩い、黙れ」
クリスのからかうような物言いを、アレクセルは最後まで言わせずにぴしゃりと断ち切ると、シルヴィアを連れて足早にサロンを後にした。
馬車へ向かう途中、庭園が見渡せる回廊にてシルヴィアは声をあげる。
「だ、旦那様。ちょっとまって下さい」
「はい?……あ、すみません。歩く速度が早かったですか……?気を付けます……」
余程サロンから早く遠ざかりたかったのか、いつもは配慮しているアレクセルだが、確かに先ほどの歩みはシルヴィアにとって早かった。
(そもそも足の長さが違いますしね……)
「それにしても、一番近付けたくないクリスが貴方に馴れ馴れしくしくしてるなんて」
「えっと、クリス様は女性なんですよね?」
「そうですが?女という立場を利用するなんて許せません」
「……」
悔しそうな彼を目にして、言葉を詰まらせるシルヴィアだが「楽しそうな職場でしたね」とだけ返しておいた。
**
「旦那様、先程は助けて頂きありがとうございました。お礼を申し上げるのが遅れてしまって、申し訳ございません」
馬車に揺られながら、王宮から屋敷へと向かう道中。シルヴィアは隣に座るアレクセルに、感謝を述べる。
男が拘束された直後は、あまりの出来事により言葉を失っていた。お陰でお礼を言うタイミングをのがしてしまった。
身を呈して助けて貰ったのにと、シルヴィアは何だか自責の念に駆られてしまう。
「そんな、申し訳ないだなんて……。シルヴィアは私の妻なのですから、自分が守り抜くのは当然です!」
「でも騎士団長様なのに、旦那様自らターゲットを追跡なさったりするのですね……」
結婚直後、アレクセルが多忙すぎるというは嘘かもしれないと疑っていたが、王宮に行く度にシルヴィアは彼に出くわす。挙句彼はいつも働いている。
「それがですね……以前にも人手が足りないと言っていましたが、王太子の近衛騎士団が副団長含めて隣国で、レティシア嬢をお守りしているんですよ」
「えっ」
確かに今の状況では、ギルバートも自分の騎士団以外は信用出来ないのを、シルヴィアは理解した。
そのため自らの騎士団を、婚約者の元に向けるしかない。その結果王太子の近衛騎士団が現在二分されていたのだ。
「だからどうしても人員が足りなくて、そしたらシルヴィアが奴を尾行しているものだから、心臓が止まるかと思いましたよ。だから部屋に突入するのは、私が買って出ました。他の奴に任せるわけには参りません」
「ご、ごめんなさい……」
「本当に無事で良かった。もう無茶な真似は出来るだけしないで下さい」
端正なアレクセルの顔が憂いを帯びるから、いつもと違った美しさを醸し出している。そんな表情をされるとまるで……。
(私達は恋愛結婚という訳ではないのに、どうしてそんな顔をなさるの?)
切なさと熱を孕んだアメジストの瞳が、真っ直ぐにシルヴィアを見つめる。そんな彼を見て、シルヴィアの心臓も早鐘を打ち、彼の瞳に釘付けになってしまった。
「分かっている」
室内に取り残されたのはアレクセルとシルヴィア、そして亜麻色の髪の騎士。
「奥様、ギルバート王太子殿下近衛騎士団小隊長、アルベルトです。こんな騒動の中でのご挨拶となってしまいましたが、お会いできて光栄です」
「妻のシルヴィアです。よろしくお願い致します」
「では、参りましょう奥様」
「おい、何でお前がエスコートしようとするんだ。あまり近づくな」
初めて見るアレクセルの苛立った表情と、あまりお上品ではない言葉遣いに、シルヴィアは呆然としてしまった。
**
二人に連れられて初めて足を踏み入れたのは王太子近衛騎士団のサロン内。長椅子やテーブルなども置かれ、棚の中には地図や本、書類などが沢山収納されているが、全体的にシンプルに整えられた居心地の良さそうな空間となっていた。
「少しだけ執務室で報告書に目を通して参りますので、ここで待っていて下さいね。殿下には事件に巻き込んでしまった妻に付き添いたいと言った旨をお話しし、早退を押し通しますので、一緒に邸へ帰りましょう」
「分かりましたわ」
長椅子まで案内され、アレクセルが奥の執務室へ入っていく後ろ姿を、シルヴィアは座って眺めていた。
執務室の扉が閉められた途端──
今まで真面目な顔をしていた騎士達が、高揚した様子で一斉に、長テーブルの向かいに押し寄せてきた。
「初めまして奥様!お近付きになれて光栄です!」
「妖精さんですか!?」
「まさに天使!」
「女神!!」
資料室での仕事ぶりや、サロンに足を踏み入れた時には冷静且つ、真面目そうな印象があった騎士達。すぐに初対面のイメージが粉々に砕け散りつつあった。
「!?……ど、どうも」
知らない男性、それも騎士達に詰め寄られ、シルヴィアは顔が引き攣りそうになる。
だがどうにか笑顔を作らなくてはいけないと、内心奮闘していた。自分は公爵夫人であり、そして彼らの上司の妻なのだからと矜持をかき集める。
「微笑んでお話して下さった……」
「お声も可愛らしい、天使のようだ!」
「……」
しかしこのノリが延々と続くのは正直キツい。
そう思った直後、シルヴィアの前に群がって離れない騎士達の後ろから、長靴の足音が近づいてくる。
それは、お茶とクッキーを乗せたトレイを手にした藍色の髪に、濃紺の瞳。目元にある泣きぼくろが、更なる色気を際立たたせている。
アレクセルに引けを取らない美貌の騎士の登場に、シルヴィアは呆気に取られ、他の騎士達は歯噛みした。
「ほらほら君たち、むさい男が姫に群がってはいけないよ。お姫様が驚いてしまう」
「クリス……!?」
「狡いぞっ」
クリスと呼ばれた騎士は、テーブルにトレイを置いてから、シルヴィアの座る長椅子に自身も腰掛ける。
「ごめんね、シルヴィア姫。皆貴女のような美しいお姫様に免疫がないんだよ」
「はぁ」
(……姫?)
「良かったらお茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
促されるまま、有り難くお茶を頂くことにした。緊迫した状況に直面したばかりで、言われて気づいたが喉が渇いていた。カップを手に取ると、クリスが甘い声で囁く。
「団長が戻って来るまで、女同士で仲良くしていよう。男ばかりの騎士サロンで、姫を不安にさせてはいけないからね」
「じょ、女性!?」
カップを持つ手が震えそうになる。
彼女の名はクリスティーナ。通称クリス。
確かに中性的でとても綺麗な顔立ちなのだから、普通なら女性の可能性も考えられただろう。
だが、長身に短い髪、騎士服に身を包むせいで男性だと信じて疑わなかった。
(驚いてしまったけれど、女性だったなんて……もしかしてわたし、とても失礼な反応をしてしまったのではないかしら?)
途端、申し訳なさが込み上げてきてしまったが、クリスはシルヴィアとの距離を詰め、サファイアの瞳を覗き込んだ。
「もし私が男だったら、姫のような人と恋をしたいと思ってしまいます」
(ひぇぇ~!!あんまり気にしてなさそう!むしろ自分のイケメンっぷりをとても理解してる方だわ!!それにしても甘い!でもチャラい!!)
密かにシルヴィアによって「チャラ騎士」の称号が授与されたクリスに、他の男騎士からの凄まじいブーイングが巻き起こる。
「狡い!自分が同じ女だからって、奥様とお近づきになれるなんて卑怯だ!」
「そうだ!」
「ちゃっかり隣に座りやがってっ」
(え~っと……)
頗る悔しがる騎士達を前に、シルヴィアは考えることを止めて、無心でちびちびとお茶を飲むことに専念した。
執務室の扉が開く。それはシルヴィアが、丁度お茶を一杯飲み終えた頃だった。
「シルヴィア、お待たせしました。一緒に帰りましょう。……って、お前ら!何でシルヴィアを取り囲んでいるんだ!?」
執務室を出た途端に広がっていた異様な光景に、アレクセルは顔色を変えて取り乱した。
可憐な自分の妻が、部下達に取り囲まれていたのである。しかも隣には騎士団内で一二を争うチャラいクリス。
睨みつけるアレクセルに、部下達は口々に声をあげた。
「だって、まるで妖精のお姫様……」
「天使!!!」
「有難や~!!!」
もはや崇拝でもされそうな勢いとなっていた。
そんな部下達は無視して、アレクセルは妻へと手を差し出す。手を取り、立ち上がった瞬間に、シルヴィアの反対の手が優しく引っ張られた。
「ああ、行ってしまうのですね。またいつでも私に会いに来て下さい」
振り返るとクリスが跪き、シルヴィアの手を取って甘く囁いていた。
それを目にしたアレクセルが眉間を寄せ、妻を抱き寄せて二人を引き離す。
「気安く触るんじゃない。シルヴィア、こんな所にいては危険です、早く帰りましょう」
「え?は、はぁ……」
何故か自分の職場を、危険呼ばわりしてしまうアレクセルに、シルヴィアは呆気に取られたが何とか返答した。
「団長~、嫉妬深いと嫌われ……」
「煩い、黙れ」
クリスのからかうような物言いを、アレクセルは最後まで言わせずにぴしゃりと断ち切ると、シルヴィアを連れて足早にサロンを後にした。
馬車へ向かう途中、庭園が見渡せる回廊にてシルヴィアは声をあげる。
「だ、旦那様。ちょっとまって下さい」
「はい?……あ、すみません。歩く速度が早かったですか……?気を付けます……」
余程サロンから早く遠ざかりたかったのか、いつもは配慮しているアレクセルだが、確かに先ほどの歩みはシルヴィアにとって早かった。
(そもそも足の長さが違いますしね……)
「それにしても、一番近付けたくないクリスが貴方に馴れ馴れしくしくしてるなんて」
「えっと、クリス様は女性なんですよね?」
「そうですが?女という立場を利用するなんて許せません」
「……」
悔しそうな彼を目にして、言葉を詰まらせるシルヴィアだが「楽しそうな職場でしたね」とだけ返しておいた。
**
「旦那様、先程は助けて頂きありがとうございました。お礼を申し上げるのが遅れてしまって、申し訳ございません」
馬車に揺られながら、王宮から屋敷へと向かう道中。シルヴィアは隣に座るアレクセルに、感謝を述べる。
男が拘束された直後は、あまりの出来事により言葉を失っていた。お陰でお礼を言うタイミングをのがしてしまった。
身を呈して助けて貰ったのにと、シルヴィアは何だか自責の念に駆られてしまう。
「そんな、申し訳ないだなんて……。シルヴィアは私の妻なのですから、自分が守り抜くのは当然です!」
「でも騎士団長様なのに、旦那様自らターゲットを追跡なさったりするのですね……」
結婚直後、アレクセルが多忙すぎるというは嘘かもしれないと疑っていたが、王宮に行く度にシルヴィアは彼に出くわす。挙句彼はいつも働いている。
「それがですね……以前にも人手が足りないと言っていましたが、王太子の近衛騎士団が副団長含めて隣国で、レティシア嬢をお守りしているんですよ」
「えっ」
確かに今の状況では、ギルバートも自分の騎士団以外は信用出来ないのを、シルヴィアは理解した。
そのため自らの騎士団を、婚約者の元に向けるしかない。その結果王太子の近衛騎士団が現在二分されていたのだ。
「だからどうしても人員が足りなくて、そしたらシルヴィアが奴を尾行しているものだから、心臓が止まるかと思いましたよ。だから部屋に突入するのは、私が買って出ました。他の奴に任せるわけには参りません」
「ご、ごめんなさい……」
「本当に無事で良かった。もう無茶な真似は出来るだけしないで下さい」
端正なアレクセルの顔が憂いを帯びるから、いつもと違った美しさを醸し出している。そんな表情をされるとまるで……。
(私達は恋愛結婚という訳ではないのに、どうしてそんな顔をなさるの?)
切なさと熱を孕んだアメジストの瞳が、真っ直ぐにシルヴィアを見つめる。そんな彼を見て、シルヴィアの心臓も早鐘を打ち、彼の瞳に釘付けになってしまった。