新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
27
邸に着くと、アレクセルのエスコートで馬車を降りた。
帰宅した後は着替えてから夫婦揃って夕食を取り、食後はティーサロンで時間を過ごした。
お茶を飲み終えてすぐに、アレクセルは立ち上る。
「私は溜まってしまった家の仕事をしなくてはいけないので、先に自室に戻ります。シルヴィアはゆっくり休んで下さい」
「そうさせて頂きます。ありがとうございます」
「……」
お礼を述べれば、アレクセルは今にも捨てられそうな、子犬の表情でシルヴィアを見つめてくる。
(え~と……旦那様は何故そのような表情をなさっているのでしょうか?)
すぐに自室に戻ると言ったのはアレクセルの方なのに。これでは自分が何か悪いことを言ってしまったのかと、シルヴィアは思案してしまう。
しかし幾ら考えても、ごく自然な会話の流れだったように思える。
(まだ見てきます……!?)
尚も見つめてくるアレクセルが視界に入ると、何故だか心がズキリと痛む。
同時になんだか、可愛らしくも見えてしまうから不思議だ。
ルクセイア公爵と近衛騎士団団長という肩書きを持ち、常に誠実に仕事と向き合う彼のことを「可愛い」などといった目で見る日が来るとは思わなかった。
(年上の男性を可愛らしいと思うなんて、わたしったら。これはきっと失礼なことなのだわ)
奇妙な見つめ合いの中、その流れを断ち切ったのは紫苑色の髪に紅玉の瞳を持つ従者、セインだった。
「はいはい」
パンパンと大きく手を叩いて奇妙な空気を打ち壊すセイン。
「奥様もお疲れのようですから、早めにお休み頂きましょう。最近王宮でのお仕事がご多忙だった旦那様には、領地のお仕事がたくさん用意されていますからね。早く取り掛かって貰わねば困ります」
「くっ……。シルヴィア、お休みなさい」
普段シルヴィアはセインに対し、口数の少ない印象を抱いていたが、今日は妙に饒舌だった。
そんなセインは、後ろ髪を引かれる思いで歩き出したアレクセルに対し、更に鋭利な声で斬りつける。
「何回挨拶すれば気がすむんですか。しつこいと嫌われますよ」
この言葉がトドメとなり、悲しみを背負ったままアレクセルは自室へと戻って行った。真後ろにはセインがピタリと張り付き、後に続く。
(旦那様って、お家だと少し子供っぽく見えるのね。意外だわ)
アレクセルがティーサロンを出て少し経ったが、念のためシルヴィアは近くにいる執事、トレースへ小さな声で囁いた。
「セインって結構旦那様に対して、ズバズバとした物言いをするのね……」
「えぇ。セインは幼少の頃よりこの邸にきてから、旦那様とはご兄弟のように共に育ちましたから」
「なるほど……」
年齢が近く、成長を共にしたのなら先程の二人のやり取りも頷けるかもしれない。
それでも使用人が主人に向けるのには有り得ない程の毒舌ぶりだったが、アレクセルが許しているのだからシルヴィアはこれ以上気に留めないことにした。
**
寝室に戻るとシルヴィアは暫く本を読んだりして過ごした。
お風呂に入った後はいつもの通り、ローサの手で丁寧に髪を梳かして貰う。
ルクセイア家に嫁いでからは、王宮敷地内の寮で暮らしていた頃に比べて、髪の輝きが明らかに増している。
ローサが部屋を辞して、私室で一人きりとなると、シルヴィアは窓辺から外を眺めやった。
空は銀の星でいっぱいだ。
そのまま一人夜空を堪能していると、扉を叩く音が室内に鳴り響く。
「はい?」
「私です、シルヴィア。開けて貰えませんか?」
(あら、この声はもしかしなくても旦那様?)
アレクセルが自分に用があるそうなので、シルヴィアは小走りで扉に近づいた。
「どうぞ」と口を開こうとした瞬間……。
「旦那様、いけません!」やら「旦那様には刺激が強すぎます」やら侍女達が必死に制止しようとする声が聞こえてくる。
それに対して「止めないでくれ!」とアレクセルが言い放つ。扉の向こうが、何だかやけに騒がしい。
「ど、どうぞ……」
躊躇してしまいそうになりつつも、シルヴィアは扉の向こうに声をかけた。
扉を開けた瞬間、満開の笑顔のアレクセルが目に飛び込んできたが、アレクセルはそのまま硬直してしまった。
シルヴィアは訝しみながら、彼の顔を覗きこむ。
アレクセルの目に飛び込んできたのは、入浴後の艶々の髪、ライムグリーンの半袖ワンピースの寝衣を纏ったシルヴィア。
寝衣は薄い紗を重ねた作りで、膝下が少し透けて見える。そして身体のラインもほんのり浮き彫りとなっていた。
「……ああ」
謎の呻きを発した直後、アレクセルは蹲ってしまった。
「だ、旦那様!?」
「だから申しましたのに!旦那様には刺激が強いとっ」
(刺激?)
確かに夫婦でなければ寝衣姿など見せる訳にはいかないが、ごく一般的なデザインの物であり、特別露出が高い訳ではない。
「め、めが……女神が……」
「め、目が?目が痛いのですか!?大変ですわっ!?」
本気で心配するシルヴィアとは逆に、侍女達は何処か呆れを含んだ眼差しでアレクセルを見ている。
起き上がず、熱を孕んだ瞳で有難そうにシルヴィアを見上げるアレクセルは、そのまま拝み出しそうな勢いだった。
帰宅した後は着替えてから夫婦揃って夕食を取り、食後はティーサロンで時間を過ごした。
お茶を飲み終えてすぐに、アレクセルは立ち上る。
「私は溜まってしまった家の仕事をしなくてはいけないので、先に自室に戻ります。シルヴィアはゆっくり休んで下さい」
「そうさせて頂きます。ありがとうございます」
「……」
お礼を述べれば、アレクセルは今にも捨てられそうな、子犬の表情でシルヴィアを見つめてくる。
(え~と……旦那様は何故そのような表情をなさっているのでしょうか?)
すぐに自室に戻ると言ったのはアレクセルの方なのに。これでは自分が何か悪いことを言ってしまったのかと、シルヴィアは思案してしまう。
しかし幾ら考えても、ごく自然な会話の流れだったように思える。
(まだ見てきます……!?)
尚も見つめてくるアレクセルが視界に入ると、何故だか心がズキリと痛む。
同時になんだか、可愛らしくも見えてしまうから不思議だ。
ルクセイア公爵と近衛騎士団団長という肩書きを持ち、常に誠実に仕事と向き合う彼のことを「可愛い」などといった目で見る日が来るとは思わなかった。
(年上の男性を可愛らしいと思うなんて、わたしったら。これはきっと失礼なことなのだわ)
奇妙な見つめ合いの中、その流れを断ち切ったのは紫苑色の髪に紅玉の瞳を持つ従者、セインだった。
「はいはい」
パンパンと大きく手を叩いて奇妙な空気を打ち壊すセイン。
「奥様もお疲れのようですから、早めにお休み頂きましょう。最近王宮でのお仕事がご多忙だった旦那様には、領地のお仕事がたくさん用意されていますからね。早く取り掛かって貰わねば困ります」
「くっ……。シルヴィア、お休みなさい」
普段シルヴィアはセインに対し、口数の少ない印象を抱いていたが、今日は妙に饒舌だった。
そんなセインは、後ろ髪を引かれる思いで歩き出したアレクセルに対し、更に鋭利な声で斬りつける。
「何回挨拶すれば気がすむんですか。しつこいと嫌われますよ」
この言葉がトドメとなり、悲しみを背負ったままアレクセルは自室へと戻って行った。真後ろにはセインがピタリと張り付き、後に続く。
(旦那様って、お家だと少し子供っぽく見えるのね。意外だわ)
アレクセルがティーサロンを出て少し経ったが、念のためシルヴィアは近くにいる執事、トレースへ小さな声で囁いた。
「セインって結構旦那様に対して、ズバズバとした物言いをするのね……」
「えぇ。セインは幼少の頃よりこの邸にきてから、旦那様とはご兄弟のように共に育ちましたから」
「なるほど……」
年齢が近く、成長を共にしたのなら先程の二人のやり取りも頷けるかもしれない。
それでも使用人が主人に向けるのには有り得ない程の毒舌ぶりだったが、アレクセルが許しているのだからシルヴィアはこれ以上気に留めないことにした。
**
寝室に戻るとシルヴィアは暫く本を読んだりして過ごした。
お風呂に入った後はいつもの通り、ローサの手で丁寧に髪を梳かして貰う。
ルクセイア家に嫁いでからは、王宮敷地内の寮で暮らしていた頃に比べて、髪の輝きが明らかに増している。
ローサが部屋を辞して、私室で一人きりとなると、シルヴィアは窓辺から外を眺めやった。
空は銀の星でいっぱいだ。
そのまま一人夜空を堪能していると、扉を叩く音が室内に鳴り響く。
「はい?」
「私です、シルヴィア。開けて貰えませんか?」
(あら、この声はもしかしなくても旦那様?)
アレクセルが自分に用があるそうなので、シルヴィアは小走りで扉に近づいた。
「どうぞ」と口を開こうとした瞬間……。
「旦那様、いけません!」やら「旦那様には刺激が強すぎます」やら侍女達が必死に制止しようとする声が聞こえてくる。
それに対して「止めないでくれ!」とアレクセルが言い放つ。扉の向こうが、何だかやけに騒がしい。
「ど、どうぞ……」
躊躇してしまいそうになりつつも、シルヴィアは扉の向こうに声をかけた。
扉を開けた瞬間、満開の笑顔のアレクセルが目に飛び込んできたが、アレクセルはそのまま硬直してしまった。
シルヴィアは訝しみながら、彼の顔を覗きこむ。
アレクセルの目に飛び込んできたのは、入浴後の艶々の髪、ライムグリーンの半袖ワンピースの寝衣を纏ったシルヴィア。
寝衣は薄い紗を重ねた作りで、膝下が少し透けて見える。そして身体のラインもほんのり浮き彫りとなっていた。
「……ああ」
謎の呻きを発した直後、アレクセルは蹲ってしまった。
「だ、旦那様!?」
「だから申しましたのに!旦那様には刺激が強いとっ」
(刺激?)
確かに夫婦でなければ寝衣姿など見せる訳にはいかないが、ごく一般的なデザインの物であり、特別露出が高い訳ではない。
「め、めが……女神が……」
「め、目が?目が痛いのですか!?大変ですわっ!?」
本気で心配するシルヴィアとは逆に、侍女達は何処か呆れを含んだ眼差しでアレクセルを見ている。
起き上がず、熱を孕んだ瞳で有難そうにシルヴィアを見上げるアレクセルは、そのまま拝み出しそうな勢いだった。