新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
王太子殿下と旦那様
王太子ギルバートの執務室にて、報告を終えたアレクセルは真っ直ぐに向き合ったまま、室内にとどまっていた。
「殿下」
淡々とした業務連絡とは一変。突如冷然と発せられた言葉と共に、冷ややかな空気がアレクセルを纏う。彼の周りだけ、確実に温度が下がっている。
「どうかしたか?」
不機嫌なアレクセルなど慣れているギルバートは、彼の様子に少し肩をすくめて見せるだけだった。
「妻へ私に愛人がいると、嘘を吹聴なさったようですね」
「嘘などは付かないが」
「殿下」
先程よりも幾分か強く咎める様な声音と共に、怒りを宿したアレクセルの紫水晶の双眸が怜悧に光る。
「まぁ待て、私が言ったのは単なる噂だ」
「噂?」
「きっと国内屈指の美形公爵は、愛人の一人や二人いてもおかしくない。そういえば最近、以前に比べて頻繁に夜会に出席しているらしい。もしかしたらお目当ての令嬢がいるのかもしれない」
「……」
「これは全て紛れもなく、貴族間で囁かれていたお前に纏わる噂だ。現に私の耳にも入ってきていた。そしてシルヴィアに、お前との婚姻を勧めたのも私だからな。可愛い妹のようなシルヴィアに、夫となるアレクの噂を忠告するのも私の責任であり、役目なのだよ」
確かに一時期頻繁に夜会に出席していた上に、目当ての令嬢がいたのも事実。
だがその目当ての令嬢とは紛れも無く、現在自分の妻であるシルヴィアであるのだから、何の問題もない筈。
「ならば直接私に確認して下されば、すぐに弁明出来たものを……」
いや、問題というか気掛かりな事は一つあった。夜会へ頻繁に足を運んでいた頃と言えば、まだアレクセルを認識していたかも怪しかったシルヴィア。そんな『よく知らない人』である自分から、連日探し回られていたと知ったら、やはり不気味だと思われるのだろうか?と、つい不安が過ってしまう。
そんな自分の胸のうちを見透かす様に、ギルバートがニヤリと笑ったのは気のせいだと思いたい。
「自分の行動で、どのような噂が立つかくらいは予測出来たはずだ。そしてその噂で、シルヴィアが貴族共に軽んじられる可能性が、出てくることも」
噂に対しては忙しすぎて気付きもしなかったと、仕事を言い訳にするつもりはない。
シルヴィアを追いかけるあまり、視野が狭くなっていたと今更痛感し、自責の念に駆られている。
シルヴィア以外に思い人や、愛人がいるなどアレクセルからしてみれば、馬鹿馬鹿しくて有り得ない。
それでも噂好きな貴族連中の口に戸は立てられない。アレクセルだけの問題ではなく、ゆくゆくはシルヴィアへの中傷へ繋がる可能性もある。
「ご忠告、痛みいります」
アレクセルの目は笑っていなかった。
「ああそれと、この噂をシルヴィアに教えたのは婚約よりも前なんだが……そうか。今になってこの話をしたのか」
ギルバートのわざとらしい言い回しに、再びアレクセルの顔は強張った。
「これからは互いの心配事や不満を、気兼ねなく話し合える夫婦となれればいいな。すまなかった」
もしかしてシルヴィアに噂を吹き込んだのは、この件をアレクセルがいつ知り、いつ夫婦で話し合いが持たれるかで夫婦仲の進展を計ろうとでもしていたのだろうか。だとしたら悪趣味この上ない。
(腹黒め……)
謝罪の言葉とは裏腹なギルバートの満面の笑みが、本心を物語っている様だった。
やたら良い笑顔を向けてくる。
「失礼致します」
踵を返し、今度こそアレクセルは王太子の執務室を後にした。
「殿下」
淡々とした業務連絡とは一変。突如冷然と発せられた言葉と共に、冷ややかな空気がアレクセルを纏う。彼の周りだけ、確実に温度が下がっている。
「どうかしたか?」
不機嫌なアレクセルなど慣れているギルバートは、彼の様子に少し肩をすくめて見せるだけだった。
「妻へ私に愛人がいると、嘘を吹聴なさったようですね」
「嘘などは付かないが」
「殿下」
先程よりも幾分か強く咎める様な声音と共に、怒りを宿したアレクセルの紫水晶の双眸が怜悧に光る。
「まぁ待て、私が言ったのは単なる噂だ」
「噂?」
「きっと国内屈指の美形公爵は、愛人の一人や二人いてもおかしくない。そういえば最近、以前に比べて頻繁に夜会に出席しているらしい。もしかしたらお目当ての令嬢がいるのかもしれない」
「……」
「これは全て紛れもなく、貴族間で囁かれていたお前に纏わる噂だ。現に私の耳にも入ってきていた。そしてシルヴィアに、お前との婚姻を勧めたのも私だからな。可愛い妹のようなシルヴィアに、夫となるアレクの噂を忠告するのも私の責任であり、役目なのだよ」
確かに一時期頻繁に夜会に出席していた上に、目当ての令嬢がいたのも事実。
だがその目当ての令嬢とは紛れも無く、現在自分の妻であるシルヴィアであるのだから、何の問題もない筈。
「ならば直接私に確認して下されば、すぐに弁明出来たものを……」
いや、問題というか気掛かりな事は一つあった。夜会へ頻繁に足を運んでいた頃と言えば、まだアレクセルを認識していたかも怪しかったシルヴィア。そんな『よく知らない人』である自分から、連日探し回られていたと知ったら、やはり不気味だと思われるのだろうか?と、つい不安が過ってしまう。
そんな自分の胸のうちを見透かす様に、ギルバートがニヤリと笑ったのは気のせいだと思いたい。
「自分の行動で、どのような噂が立つかくらいは予測出来たはずだ。そしてその噂で、シルヴィアが貴族共に軽んじられる可能性が、出てくることも」
噂に対しては忙しすぎて気付きもしなかったと、仕事を言い訳にするつもりはない。
シルヴィアを追いかけるあまり、視野が狭くなっていたと今更痛感し、自責の念に駆られている。
シルヴィア以外に思い人や、愛人がいるなどアレクセルからしてみれば、馬鹿馬鹿しくて有り得ない。
それでも噂好きな貴族連中の口に戸は立てられない。アレクセルだけの問題ではなく、ゆくゆくはシルヴィアへの中傷へ繋がる可能性もある。
「ご忠告、痛みいります」
アレクセルの目は笑っていなかった。
「ああそれと、この噂をシルヴィアに教えたのは婚約よりも前なんだが……そうか。今になってこの話をしたのか」
ギルバートのわざとらしい言い回しに、再びアレクセルの顔は強張った。
「これからは互いの心配事や不満を、気兼ねなく話し合える夫婦となれればいいな。すまなかった」
もしかしてシルヴィアに噂を吹き込んだのは、この件をアレクセルがいつ知り、いつ夫婦で話し合いが持たれるかで夫婦仲の進展を計ろうとでもしていたのだろうか。だとしたら悪趣味この上ない。
(腹黒め……)
謝罪の言葉とは裏腹なギルバートの満面の笑みが、本心を物語っている様だった。
やたら良い笑顔を向けてくる。
「失礼致します」
踵を返し、今度こそアレクセルは王太子の執務室を後にした。