新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
46
寝室の扉を叩くと、すぐにシルヴィアが開けてくれた。今夜シルヴィアが纏うのは、ラヴェンダーの寝衣。何層にも重なった薄手の生地が、膝下部分のみ透けていて、アレクセルは正直目のやり場に困ってしまった。
「ああ……!今日のナイトドレスも素敵ですね」
「ありがとうございます。どうぞお入り下さいませ」
部屋へと通され、アレクセルは室内へ足を踏み入れる。
二人は寝室の奥へと進んだ。シルヴィアのおろしたての寝衣が、さらりと涼やかな衣ずれの音を立てる。シルヴィアはラヴェンダーの寝衣の上から、薄手のカーディガンを羽織った。
二人揃って長椅子へと腰掛け、就寝前に飲むと寝付きがよくなるという、既に用意されていた温かいハーブティーを頂く事にした。
ポットカバーを外すと、シルヴィアはポットを手に取り、手ずから二人分のカップへとハーブティーを注いでいく。
ハーブティーの入ったカップに口を付けると、優しい香りがした。他愛の無い話をしながら過ごす中、シルヴィアに向けられたアレクセルの声が、真剣な声色へと変化する。
「実は少ししたら、出張に行かなくてはいけません」
唐突なアレクセルの言葉に、シルヴィアは目を見張った。
「だから出張に行く前に、シルヴィアと寝室で休めるようになれるなんて、嬉しいです」
何処に出張に行くかなどの詳しい情報は、シルヴィアからは敢えて聞かない。アレクセルの口から言えないのならば、機密事項なのだろう。
出張の事を教えて貰えただけでも、家族と認めて貰えている証なのだから、喜ばしい他ない。
「帰ったら私の思いを伝えるので、聞いて頂けますか?」
アレクセルは、シルヴィアの両手を包み込むように、しっかりと握り込み、真っ直ぐ真摯に向き合った。互いの瞳が絡み合う。
「え……」
(何でしょう、この引っかかるワード……?何だか何処かで聞いた様な……そしてこの妙な胸騒ぎ……)
読書家のシルヴィアが読み漁った物語には、いくつもの類似した台詞を見かけた気がする。
そして同時に、その台詞の後に必ず起こる不吉な展開……。
(ま、まさか、これは、まさかフラグ……!?)
「僕、この戦いが終わればあの子に告白するんだ」「俺、戦争が終われば結婚予定なんですよ」「今後は田舎に帰って家業を継ぐ予定だ」
この不吉な台詞を言ってしまった、小説の登場人物達はフラグを立てて、とある展開を起こしてしまうのがお約束だった。
そう、まさに死亡フラグ。
今シルヴィアの脳内には、さまざまなテンプレ死亡台詞集達が駆け巡っていた。
「だ、旦那様……っ」
突進するような勢いで飛び付いてきたシルヴィアを、驚きながらその反射神経の良さで、彼はしっかりと受け止めた。
「絶対に、絶対に無事に帰って来て下さい!」
「シルヴィア……!?」
僅かに濡れた様な、美しきサファイヤの瞳が揺れている。
(こんなにも心配してくれているなんて……何としてでも無事に帰らねば……!)
心配する妻の真剣な反応に、アレクセルは感動で震える思いだった。
「はい、シルヴィアのために絶対に無事に帰って来ます」
アレクセルが新たなフラグを紡いでしまわないか、シルヴィアは気が気ではなかった。
少し方向性が違うシルヴィアの思考に、気付く筈のないアレクセルは、なおも感激していた。そして「そろそろ、休みましょうか」と提案する。
「そうですね、旦那様は明日もお仕事ですし。早く寝てしまいましょう」
「そ、そこまで急いで寝ようとしなくても……心配しなくても、今夜は何もしませんから、安心して下さい」
そわそわとした様子で言うアレクセルに対し、シルヴィアはにべもなく答える。
「何も?別にそこは心配しておりませんが?」
「え……」
何もしないとは言ってみたものの、微塵も期待しない訳ではなかった。
固まるアレクセルの目の前で、シルヴィアは手で口元を押さえて、可愛らしく欠伸をする。
「実は昨日夜更かしで本を読み込んでしまって、今日はずっと眠かったのです」
「そ、そうですか……」
あくびの際に瞳から滲んだ涙を、指で拭う姿を見るに、本気で眠気に襲われているようだった。
「ではお休みなさい」
二人揃って寝台に入ると、速攻で寝ようとするシルヴィアに焦るが、瞼を閉じるその顔を凝視出来るのは幸せだった。
寝顔を見れるのは嬉しいが、同時に何も出来ないとなると、試練のような気分になる。
逆にアレクセルは瞳を閉じようとしなかった。
「ああ……!今日のナイトドレスも素敵ですね」
「ありがとうございます。どうぞお入り下さいませ」
部屋へと通され、アレクセルは室内へ足を踏み入れる。
二人は寝室の奥へと進んだ。シルヴィアのおろしたての寝衣が、さらりと涼やかな衣ずれの音を立てる。シルヴィアはラヴェンダーの寝衣の上から、薄手のカーディガンを羽織った。
二人揃って長椅子へと腰掛け、就寝前に飲むと寝付きがよくなるという、既に用意されていた温かいハーブティーを頂く事にした。
ポットカバーを外すと、シルヴィアはポットを手に取り、手ずから二人分のカップへとハーブティーを注いでいく。
ハーブティーの入ったカップに口を付けると、優しい香りがした。他愛の無い話をしながら過ごす中、シルヴィアに向けられたアレクセルの声が、真剣な声色へと変化する。
「実は少ししたら、出張に行かなくてはいけません」
唐突なアレクセルの言葉に、シルヴィアは目を見張った。
「だから出張に行く前に、シルヴィアと寝室で休めるようになれるなんて、嬉しいです」
何処に出張に行くかなどの詳しい情報は、シルヴィアからは敢えて聞かない。アレクセルの口から言えないのならば、機密事項なのだろう。
出張の事を教えて貰えただけでも、家族と認めて貰えている証なのだから、喜ばしい他ない。
「帰ったら私の思いを伝えるので、聞いて頂けますか?」
アレクセルは、シルヴィアの両手を包み込むように、しっかりと握り込み、真っ直ぐ真摯に向き合った。互いの瞳が絡み合う。
「え……」
(何でしょう、この引っかかるワード……?何だか何処かで聞いた様な……そしてこの妙な胸騒ぎ……)
読書家のシルヴィアが読み漁った物語には、いくつもの類似した台詞を見かけた気がする。
そして同時に、その台詞の後に必ず起こる不吉な展開……。
(ま、まさか、これは、まさかフラグ……!?)
「僕、この戦いが終わればあの子に告白するんだ」「俺、戦争が終われば結婚予定なんですよ」「今後は田舎に帰って家業を継ぐ予定だ」
この不吉な台詞を言ってしまった、小説の登場人物達はフラグを立てて、とある展開を起こしてしまうのがお約束だった。
そう、まさに死亡フラグ。
今シルヴィアの脳内には、さまざまなテンプレ死亡台詞集達が駆け巡っていた。
「だ、旦那様……っ」
突進するような勢いで飛び付いてきたシルヴィアを、驚きながらその反射神経の良さで、彼はしっかりと受け止めた。
「絶対に、絶対に無事に帰って来て下さい!」
「シルヴィア……!?」
僅かに濡れた様な、美しきサファイヤの瞳が揺れている。
(こんなにも心配してくれているなんて……何としてでも無事に帰らねば……!)
心配する妻の真剣な反応に、アレクセルは感動で震える思いだった。
「はい、シルヴィアのために絶対に無事に帰って来ます」
アレクセルが新たなフラグを紡いでしまわないか、シルヴィアは気が気ではなかった。
少し方向性が違うシルヴィアの思考に、気付く筈のないアレクセルは、なおも感激していた。そして「そろそろ、休みましょうか」と提案する。
「そうですね、旦那様は明日もお仕事ですし。早く寝てしまいましょう」
「そ、そこまで急いで寝ようとしなくても……心配しなくても、今夜は何もしませんから、安心して下さい」
そわそわとした様子で言うアレクセルに対し、シルヴィアはにべもなく答える。
「何も?別にそこは心配しておりませんが?」
「え……」
何もしないとは言ってみたものの、微塵も期待しない訳ではなかった。
固まるアレクセルの目の前で、シルヴィアは手で口元を押さえて、可愛らしく欠伸をする。
「実は昨日夜更かしで本を読み込んでしまって、今日はずっと眠かったのです」
「そ、そうですか……」
あくびの際に瞳から滲んだ涙を、指で拭う姿を見るに、本気で眠気に襲われているようだった。
「ではお休みなさい」
二人揃って寝台に入ると、速攻で寝ようとするシルヴィアに焦るが、瞼を閉じるその顔を凝視出来るのは幸せだった。
寝顔を見れるのは嬉しいが、同時に何も出来ないとなると、試練のような気分になる。
逆にアレクセルは瞳を閉じようとしなかった。