新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

56 テオ&シーマside

 テオドールが出した、火柱を前に混乱が生じたが、よく見ると草木が一切燃えていない。それどころか、火柱の中心にいる者達までも、身体が燃えずに焦げた嫌な臭いすらしなかった。その事実にいち早く気付いた男が、声を荒げる。

「狼狽えるな!これは本物の炎じゃないぞ!」

 その一声の直後に敵側の魔術師が、文言を唱えると、テオドールの出した火柱の幻影が霧散した。
 幻影に混乱させられている間に、魔術師たった一人に随分な人数が倒されてしまい、焦りと苛立ちが沸き起こる。

 その時、テオドールの真後ろに密かに回り込んでいた、賊の一人が剣を振り上げた。

(接近戦に持ち込めば魔術師なんざ……!)

 確実に仕留めた。そう確信した瞬間、振り返ったテオドールの右手には、隠し持っていた剣が握られていた。既に剣を抜いて、背後の敵を察知していたテオドールは、振り下ろされた一太刀を難なく受け止めた。

 金属がぶつかり合う音と共に火花が散る。

「なっ……!?」

 テオドールに剣を弾かれた男の目が、驚愕に見開かれる。
 魔術師が剣を扱えないと誰が言った?とでも良いたげに、テオドールは口の端を吊り上げてニヤリと笑った。

 貴族出身のテオドールの家は、代々騎士の家系であり、父である伯爵も長兄も皆騎士の道を歩んでいる。そんなテオドール自身も、幼い頃より剣技の才も持ち合わせており、父や兄から鍛えられ続けて育った。
 魔術師でありながら、騎士並みに剣の腕も立つ有能な戦闘用の魔術師、それがテオドール。

 男が体勢を崩しかけると、素早く詠唱を終えたテオドールの魔法が放たれる。魔弾に吹き飛ばされた男は、大木に身体を打ち付けて意識を飛ばした。

「テオドール」
「何だシーマ?」

 呼ばれて振り向けば、シーマが背後に降り立った。

「私は先程から、自分で倒した賊供の武器を戦利品として奪っている」

 言いながらシーマは親指をクイッと持ち上げ、自身の背中を指した。
 背中には奪ったという武器を、専用の籠のような物に括り付けて、落ちないようにしている。
 実はテオドールも、戦いの最中視界にチラチラと入り込む、シーマの背中の武器に気付いてはいた。だが、敢えてツッコまずに、スルーしていたのだった。

「はぁ!?いや、重いだろっ!何やってんだ!?」
「何、逆に鍛えられて好都合ではないか。だが段々背負いきれなくてな、残りはあそこに置いてある」

 シーマが指差す方向を見やれば、木陰に剣や斧、弓、魔術師の杖など様々な武器が山のように積まれていた。

「自分が何人倒したのか、数が分からなくなっても武器を数えたら、明確に分かるだろう?そしてついでにお前が倒した分も数えていたのだが、今のところ私より三人分多く倒している」
「はぁ……」

 げんなりと返事をするテオドールに対し、シーマはドヤ顔で解説する。そこも何か妙に腹が立った。

「俺は別に競ってないんだけど?」
「それではラストスパート、最終的にどちらが多く倒せるか勝負だ!」
「聞けよ人の話っ!」

 元々女性に対して、極度にシャイなテオドール。だが何かとクセの強い、グランヴェールの魔術師仲間の女性陣だけは、彼にとってその対象ではなく、気兼ねなく話すことが出来る。しかし中でもこのシーマは特に癖が強い。
 お陰で貴族社会の可憐なご令嬢と、自分の周りの女が乖離しすぎていて、女性に慣れるどころか悪化の一途を辿ってしまった。
 もはや別の生き物とさえ思ってしまう。

 外見だけは、長い黒髪の似合うクールな雰囲気の美人なお姉さん。
 そしてグランヴェールの魔術師達に、シーマとはどのような女性かと問うと、皆が口を揃えて一言目に言う。「阿呆」だと。
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