青空@Archive
「これを手にとってみなさい」
 いつもおじいちゃんの声音には、不思議と逆らい難いものがある。……別に逆らいたいと思ったことはないんだけれど。
 真っ直ぐに差し出された洋書を、ボクは両手で受け取る。
 重い。そこまでページのある本じゃないのに、ずっしりと歴史の重さを感じる。

『不思議の国のアリス』

 ……懐かしいな。
 いつか本の中に入って、自由にアリスや時計うさぎと旅をするんだ!
 そんな非現実的でバカなことも考えていた時期もあったっけ。あの頃はそれが楽しくて楽しくてしょうがなかったんだ。
 ――いつからだろう。ずっと子供でいる事は出来ないんだと悟ってしまったのは。
 そんな、感傷に浸っていた刹那。
「うわわっ!?」
 突然吹き抜ける突風に、手に持ったハードカバーの表紙、そしてページの一枚一枚がパラパラと高速でめくられる。
 窓も扉も開いてなんかないのに。
 同時に、本を通して流れ込んでくる強烈な意識の奔流に頭の中を揺さぶられる。
 いや、これは本を通して流れ込んでいるんじゃなくて……、
(『この本自身』がボクに何か伝えようとしている―――?)
 全てのページがめくられ、同時に僕はリノリウムの床に膝から崩れ落ちた。
 アンダースタンド。無い頭で理解した。理解させられた。
「おじいちゃん……」
「すまん。わしがもっと元気なら、お前をこんな事に巻き込まんでよかったものを」
 今、世界を大混乱に導いている暗雲。
 それを招いたのは他でもない……

 ボクのオヤジだ。
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