青空@Archive
 回想――。

 昔は、あの頃は夢見ていた。

 チェシャ猫と、皮肉たっぷりのたわいもないお喋り。

 王様達とする、フラミンゴとハリネズミのゲーム。

 白うさぎの懐中時計。

 ハートの女王とトランプ兵たち。

 そして、アリスとのハラハラドキドキの冒険――。


 成長して現実を――汚い世の中を――知るにつれて、口に出さないばかりか、自分の心さえ否定するようになった。

『バカじゃないの? 本は本だろ。物語の世界に行きたいだなんて、自分が主人公にでもなったつもり? 現実逃避も甚だしい!』

 いつの間にか作り出した見知らぬ自分が、過去の夢を斬っては捨て、斬っては捨てる。

 ……そうか。その頃だ、ボクが本を読む事を止めたのは。

 そして変わりに現実の中にワクワクを求めるようになった。

 本のように空想(フィクション)じゃない、現実・現在・現状への好奇心(ノンフィクション)。

 科学物理学天文学数学暦学遺伝学法学心理学経済学文学地学航空力学生物学医学……。

 この世はリアルで摩訶不思議に溢れている。無理矢理そう思うようにしてきた。

 でもそれなのに――、


「なんで……なんで今になって、小さい頃からの夢が叶っちゃうかなぁ……」
 紫苑もアリスの背中に両手をまわし、そのふくよかな胸に顔を埋(うず)める。
 絵本とは格好や背丈が違うけれど、今、目の前にいるのは間違いなくあのアリスだという自信があった。
 溢れる感情に嗚咽が漏れる。その背中をアリスは優しくさすってやる。
 今、絶対顔は上げられない。
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