青空@Archive
「さあ、今の内に行くわよ」
 そう言ってポンチョを翻し、駆け出すアリスの背をボクとピーターが追う。
 走りながらもボクの両目は、ワニと、ワニに乗ったウサギ紳士に釘付けだった。
『ほう、これが大砲。とんと効きませんな。さあ時計ワニ殿、どんどんゆきましょうぞ。タイム・イズ・マネーなのです』
 やはりあのサイズでは、銃弾だろうと砲弾だろうと効かないようだ。
 しかし考えてもみて欲しい。ブレーメンの音楽隊じゃああるまいし、動物の上に別の動物が乗るなんて、しかも愛嬌あるワニと滑稽なウサギの紳士だなんて、
「似合わな過ぎ」
 その異様な組み合わせを見てボクが一人で苦笑いをしていると、視界を遮るようにピーターが併走……否。併飛行してきた。
「ほら、いつも禿げかけた人を見る時みたいにニヤニヤしてないで早く速く! 走るんだ、走れるか、走れるよな、シオンちゃん?」
 ボクはいつもそんな顔で禿げた方々を見ていたのだろうか?
「ああもう、うるさい。茶化すな! ボクは十分速く走ってるってば。あれはアリスが速すぎるんだ! それと、ボクを貧弱な女子扱いするな! まったく自分は自由自在に飛べるからって……」
「はははっ、違いない! まぁ、こなした役は数あれど、毎回僕は翼なしで飛べる設定だからな、デフォルトの仕様なら仕方がないだろ。ほら、早くトんでかないと、アリスが錨の所で首を長くして待ってるぜ」
「だからうるさい! ボクだって飛べるなら飛んでるっての」
 後ろからせっつかれて、ボクは渋々視線を船に戻すと、走るスピードを上げてピーターを振り切った。


「けどな」
 ピーターの呟きは、周りの騒音にかき消されて。紫苑には届かない。
「お前は、飛ぼうと思えば飛べるんだぜ? シオン」
 大地を蹴る紫苑の背中に、ピーターは聞こえない言葉を繰り返す。
「飛べるんだよ――」
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