青空@Archive
 金属の金具が軋む耳障りな音が聴こえた。
 外は一面曇り空。
 それはもう平凡になった異常な日常。
 灰色の空。鈍色の雲。
「……いらっしゃーい」
 面倒。あー、面倒だ。
 来客を告げる引き戸の嫌な声で、番台にうつ伏せに寝ていた顔を、半分だけ上げさせられる。
 年期の入ったこの店のガラス越しには天気なんて微塵も分からないし、ボクも別に関心はない。
 第一、新聞の天気予報はここ1ヶ月ずっと曇りマークしか書いてないんだし、テレビやラジオのそれなんて、ここ最近は砂嵐以外何も映せていない。
 今のボクに興味があるとしたらそれは、滅多やたらに訪れない面倒な客の滞在時間だけ。
 ガラガラと戸があいて、その軒下に立っていたのは、季節外れの、華奢な体躯に不釣り合いな厚手のコートを羽織った優男。
 ちょっとイケメン。昔よりは、今のタイプのイケメン。
 雨が降らずとも、最近のもやもやで気分は下の下。憂鬱という水分をふんだんに含んだ空気は重く、自然と接客にも表れる。
「えーとー、なにかお探しで?」
 『むしろ探さないで帰れ』。これが本音だ。
 あーだるい。暇。客がいても、暇。
 優男は、ぐるりと店内を見回すと、初めてボクに気が付いたように眉をちょっと上げて問いかけてきた。
「源次郎さんは?」
 なんだ、探しモノはおじいちゃんか。
 もっとも、今時こんな歴史ある(ボロいとも言う)骨董屋に用事があるのなんて、もっぱら店主(おじいちゃん)の囲碁友達くらいだもんな。
 でも今は、その探してるおじいちゃんも、残念ながら店にはいない。
「生憎、祖父なら病気療養中で入院して――」

「空は」

 は? 『空は』……って、おいおい、人の話を遮っておいて何を言い出すんだ? このおっさん(正確にはお兄さん)。
 ボクが怪訝そうな顔で戸惑っていると、男は晴れ晴れとした表情で両手を広げ、燦然と言い放った。
「青い方がいいよな!」
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